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クラゴン

2010年ニュルブルクリンクレースを語る-Part2 高岡英夫×クラゴン×藤田竜太鼎談

  • 高岡英夫
  • 高岡英夫
    運動科学総合研究所所長、NPO法人日本ゆる協会理事長・推進委員。東京大学、同大学院教育学研究科卒。東大大学院時代に西洋科学と東洋哲学を統合した「運動科学」を創始し、人間の高度能力と身体意識の研究にたずさわる。オリンピック選手、芸術家などを指導しながら、年齢・性別を問わず幅広い人々の身体・脳機能を高める「ゆる体操」を開発。
  • クラゴン
  • クラゴン
  • レーシングドライバーとして世界最高峰のサーキット、ドイツ・ニュルブルクリンクでのレースで活躍するなど、専門筋をうならせる傍ら、ドラテク鍛練場クラゴン部屋を主宰し、一般ドライバーの運転技術向上にも取り組む。「クラゴン」は日本自動車連盟に正式に登録したドライバー名。ゆるトレーニング歴は約10年。2010年9月のVLNにポルシェで参戦。
  • 藤田竜太
  • 藤田竜太
  • 自動車体感研究所(ドライビング・プレジャー・ラボラトリー)所長。自動車専門誌の編集部員を経て、モータリング・ライターとして独立。90年代は積極的にレースに参戦し、入賞経験多数。ゆるトレーニング歴も10年以上で、某武道の指導者という顔もある。

第3回 好きな講座に出て、好きなメソッドにハマったら、ニュルでポルシェに乗れた!(3) (2010.12.15 掲載)

これまでの最高速度270km/h台をはるかに上回る285km/hをマーク

藤田 先ほど、「前のクルマのほうが遅い」という表現を使いましたが、その遅い・速いということに関して、今回面白いデータが取れまして。

高岡 面白いデータというのは。

藤田 それは、最高速度のデータなんです。ニュルブルクリンクのオールドコースには、多彩なコーナーがあるだけでなく、約2kmもの直線がありまして、ニュルでタイムを出すためには、やはりこの直線の速さも重要なんです。

高岡 それはそうだろうね。

藤田 以前の鼎談でもご紹介しましたが、最近のレーシングカーには、走行中の各種データを採取するデータロガーという装置が積まれていて、そのデータを見れば、直線の最高速も、運転席のスピードメーター(※)と違って、正確無比な数字が問答無用で表示されます。
 チームでは今回クラゴンが乗ったポルシェ911GT3を、2007年から走らせていて、すでに十分なデータをもっていたわけですが、これまでのそのクルマの最高速度の記録は、270km/h台だったそうです。
 ところがクラゴンは、その記録をはるかに上回る285km/hの最高速をマークしたんです。このデータを見たときは、シュマーザルのチームクルーも「ウチのクルマ(911GT3)って、これほどトップスピードが伸びるポテンシャルがあったんだ!」って、おどろいていましたね。

  • ポルシェ911 GT3
  • データを見たシュマーザルのチームクルーも
    285km/hという最高速には驚きを隠せない

※国の保安基準(車検)でも、35km/h以上において(通常は40km/hでチェック)、指示誤差+15%~-10%が認められている。

高岡 今回のレースに合わせて、クルマのメカニカルな部分に手を入れて、パフォーマンスアップを図ったというわけではないんだよね?

クラゴン はい。タイヤなどの消耗品は交換してきたでしょうが、いわゆるアップデートといえることはなにもやってきてはいないはずです。

藤田 だからチームもおどろいたんでしょうね。基本的にクルマの最高速は、エンジンの出力(パワー)と車体の空気抵抗で決まるものですから。

もう一周アタックできれば、10~15秒のタイムアップも難しくはない

クラゴン 車重も関係ないんですよ。重さは慣性には比例するので、加速・減速への影響は大ですが、最高速に関してはボクのように体重の重いドライバーでも影響ありません(笑)。

高岡 最高速はエンジンの馬力と空気抵抗で決まるのに、クラゴンのドライビングで、大幅に記録更新となったとなると、じつはドライビングの影響も非常に大きかったということになるね。

藤田 まさに先生のおっしゃるとおりでして、クラゴンの場合、直線に入る手前のコーナーの脱出速度が速かったので、最高速度も伸びたんです。

高岡 それしか考えられないだろう。でも、チームはおどろきながらも喜んだんじゃないかな。

クラゴン はい、かなり喜んでくれました。でも、ボクとしてはコンディションがコンディションだったので、タイムを出そうとか、速く走ろうと気負った部分は皆無でして、とにかくスピンしたりクラッシュしないように、ということに集中して走っただけだったんですけどね。

藤田 あの路面状況は、欲をかいたりできるシチュエーションじゃなかったですから。誰もがコース上に残れることに全神経を集中させていたと思いますよ。

クラゴン 予選といっても、トータルでポルシェ体験3周目だったので、まだ「どこのコーナーでギアは何速をチョイスすればいいんだ」レベルの走りしかできなくて……。なにせコースは同じニュルでも、前回乗ったルノー・クリオとはまったく速度域が違うので、ギアのセレクトから再構築しなきゃならないんですよ。だから正直いって「たぶんこのギアでいいと思うんだけど」って感じの手探り状態の走りでした。

高岡 ということは、あと1周アタックできたら、もっとタイムは縮められたってことだよね。

クラゴン そうですね。あのあと続けてもう1周アタックすることができたなら、真面目な話、10~15秒のタイムアップは難しいことではなかったと思います。

どんな分野でも、ホンモノは修行が進めば進むほど、柔らかく、ソフトに、丁寧に、静かになっていく

高岡 つまり見方を変えると、他のドライバーが本番の予選のアタックをしているときに、クラゴンはひとりだけまだ練習走行をしていたっていうことだよね。
 実際、クラゴンがポルシェ体験3周目だという事情を知っているチームからは、チームメイト以上のタイムは期待されていたにせよ、「何が何でもトップタイムを出して来い」というところまでは期待されていなかったはずだよね。

  • ポルシェ911 GT3
  • ポルシェ体験3周目のクラゴンにとって、
    本番の予選アタックはまだ練習走行のようなもの

藤田 チームからオーダーがあったとすれば、「無理するなよ」ってことだけだったと思います。

クラゴン まさに、その通りだったと思います。ニュルは走れば走るほど底知れぬ難しさに気づかされるコースなので、いつも自分としてはかなり慎重に走っているつもりなんですが、今回はいつも以上に慎重な走りに徹していました。

藤田 そこが肝心なんでしょね。慎重だけどタイムが出るというところが。

高岡 そういうことだよね。どんな分野でも、ホンモノというのは、徐々にそうなってくるんだよ。
 武術の世界でも、本当の達人に至る道はまったく同じ道のりで、修行が進めば進むほど、だんだんだんだん柔らかく、ソフトに、丁寧に、静かになっていくものなのだから。やがてそれが極まってくるとどうなるかというと、立会いのときですら眠くなってきてしまうんだ。

クラゴン えっ、真剣勝負の立会いの場面で眠くなってしまうんですか。

高岡 そういうこと。よりソフトに、デリケートに、慎重になっていくと、どんどんどんどん心静かになっていく。それがとことん静かになると、眠くなってしまうんだ。それでいてスピードは、超次元的に速くなっていくんだよ。

クラゴン なるほど…。

藤田 いわゆるアドレナリンも、湧いてこない状態になるわけですね。

高岡 アドレナリンなんて出てこないね~。ヘタすると立っているのもやっとなぐらいで、「オレに向かって攻撃でもしてきてくれないと、このまま寝ちゃうぞ~」というような身心の状態になってしまうんだよ。
 だからクラゴンの「慎重に」という発言も、そうした本物の達人の方向への進化の途中で出てきた言葉のように感じられるね。

クラゴン それはちょっと予想外でした。

藤田 危ない状況だから、慎重になったというのももちろんあったと思いますが、そんな背景があったとは。

量産車ベースのレーシングカーとして、クラゴンのポルシェの速度はかなり限界領域に近い

藤田 それにしても、セミウェットのコンディション下で、最高速度285km、1周の平均時速が約160km/hのペースで走りながら、そんな身心になりうるなんて、ちょっと尋常ではないですね。
 レーシング・ポルシェが達する速度域は、今までクラゴンがニュルで乗ってきた、シビックやS2000、ルノー・クリオなどとは桁違いの速さですから。コーナーによっては、見ているこちらまでが、怖くなってくるほどの速さですし。

クラゴン たしかにMAXで208km/hしかでなかったルノー・クリオに比べると、段違いの速さですね。

高岡 ルノー・クリオと比べると、最高速だけ見ても77km/hの違いがあるわけだ。でもこの77km/hの差というのは、100km/hと177km/hとの差とは、まるっきり意味合いが違うからね。もともと200km/hオーバーのところにさらに77km/hも速くなるわけだから、人間の運動能力にとっては、この差はかなり大きなものになってくる。
 もちろん物理学的な物体、とくにこの場合は量産車としてのクルマの限界速度にも近づいてくるわけだしね。

  • ポルシェ911 GT3
  • 200km/hオーバーで77km/hの違いは、
    人間の運動能力にとっては、ものすごく大きな差になってくる

藤田 だいたいにして、285km/hって、ジャンボジェットの離陸決心速度(これを超えると離陸中止ができなくなる速度=155ノット=286km/h)と同じですからね。地面を走っているほうが、難しい速度になってくるわけです(笑)。

高岡 運動エネルギーは速度の二乗に比例して増していくからね。

藤田 簡単にいうと、速度が速くなると、クルマをコントロールする難しさは速度の二乗に比例して厄介になっていくことになるので……。

高岡 それでも、もしモータースポーツの頂点が、1000km/h台での争いで、そうした世界が物理学的にも人間の運動能力としても成り立っているのなら、クラゴンがポルシェで達した285km/hなどというのは、まったく別の意味で眠たくなるようなレースになるんだろうけど、現実のモーターレーシングでは、フォーミュラーカーも含めてかなり限界に近いところまできているわけだよね。

藤田 地上最速といわれ、ポルシェの2倍近いエンジン出力(約750馬力)と約半分の車重(約600kg)しかないF1マシンでも、サーキットでの歴代最高速の記録は370km/hですし、1周の平均速度では250km/hには届かないはずです。これらの記録は、いずれもF1開催コースの中で、屈指の超高速コースとして知られるイタリア・モンツァ サーキットでの記録です。

高岡 文字通りサーキット上での地上最速を目指すことに特化して製作されているF1マシンでさえ、その速度域なのだから、量産車ベースのレーシングカーがニュルを走るという条件としては、やっぱりクラゴンのポルシェのその速度はかなり厳しい限界領域に近いところにいるということだよ。そう考えれば、今回の285km/hという速さがハンパじゃないことは、誰でもわかるんじゃないかな。

4時間耐久のVLNは、スタート直後から全車バトルモード

クラゴン いや~、かなりハンパじゃない速さだと思いますよ。それを皆さんにもわかってもらいたくて、今回もポルシェの車載ビデオをもってきたので、まずはこれをご覧になってください。

高岡 前回の鼎談でも大好評だった車載ビデオだね。今回はポルシェでのニュルアタックということで、期待している人も多いんじゃないかな。

クラゴン 大いに期待してください(笑)。では……。




<映像時間:約56秒>



高岡 (スタートシーンを見ながら)このクラゴンの前を走っているのが、例のBMW Z4ね。

クラゴン そうです。

高岡 オカマを掘らないで、きれいにスタートできたじゃないか(笑)。

クラゴン おかげさまで(笑)。

高岡 それにしてもクラゴン号の周辺は、ポルシェばかりじゃないか。ポルシェの集団に囲まれている感じだね。

藤田 BMWもわずかにいますが、ほとんどポルシェ同士の争いです。

クラゴン スタートで一台、別のポルシェに抜かれるんですが、これはスタートライン前での追い抜きなので、ホントはフライングなんですけど……。

高岡 いや~、さっそくぶつかり合っているクルマもいるし、かなりスタート直後からきわどい戦いになっているね。

クラゴン 24時間レースのスタートは、先が長いのでみんな淡々とした走りをするんですが、今回のVLNは耐久レースといっても4時間耐久なので、最初から全車バトルモードです。
 ボクもこういうスプリントレースのようなレースらしいレースをするのは久しぶりなんで、ちょっとワクワクしてしまいました(笑)。

具体力でいえば、何十倍もありそうな各チームのエースドライバーたちとハイレベルなレースを展開

藤田 ところでもうお気づきかもしれませんけど、今回は例の「無修正ステアリング」は、ルノー・クリオのときのように、「完全無修正版」というわけにはいかなかったようでして……。

クラゴン そうなんですよ。でもこの決勝の一周目が、ポルシェ&ニュルでの4周目の走りなので、まだまだちょっとクルマと相談しながらいろいろ試している段階でした。

高岡 しかし、それにしても速いね~。この幅の狭いコースを、他のクルマと競り合いながら、これほどのスピードを出してしまうんだから、クラゴンのレベルが高いのはもちろんだけど、まわりのクルマとドライバーも、かなりのパフォーマンスをもっているよね。さすが、本場ニュルのポルシェ乗りってところかな。

クラゴン これだけきわどい走りをしながら、きちんとフェアなレースになっているわけですから、敵もさるもの引っかくもの、って感じです(笑)。

藤田 スタートを担当するドライバーは、基本的に各チームのエースばかりですから、こうして映像を見てもやっぱり見ごたえがありますね。

高岡 う~ん、たしかに具体力だけでいえば、クラゴンの何十倍もありそうなドライバーが揃っているね。だからこそ一周目から、きちんとハイレベルなレースがなりたっているんだろうけど。

藤田 クラゴンもこうした連中に揉まれならが、3周目あたりからクルマに慣れてきた感じです。

高岡 ホントだ。いよいよ本質力の上に具体力が乗ってきたってところだね。

クラゴン このあたりから、だんだんポルシェらしい乗り方が体現できるようになってきました。

藤田 ポルシェらしい乗り方というのは……(本質力に具体力が乗っかってきた、注目の3周目以降の動画は次回掲載!!)。

第4回(2010.12.21掲載予定)へつづく>>

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