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高岡英夫の対談
「トップアスリートを斬る」

【文中で紹介された本】

第13回 高岡英夫の対談「トップアスリートを斬る」

  • 高岡英夫
  • 高岡英夫[語り手]
  • 運動科学者。「ゆる」開発者。現在、運動科学総合研究所所長、NPO法人日本ゆる協会理事長・推進委員。東京大学、同大学院教育学研究科卒。東大大学院時代に西洋科学と東洋哲学を統合した「運動科学」を創始し、オリンピック選手、芸術家などを指導しながら、年齢・性別を問わず幅広い人々の身体・脳機能を高める「ゆる体操」「ゆる呼吸法」「ゆるウォーク」「ゆるスキー」「歌ゆる」を開発。一流スポーツ選手から主婦・高齢者や運動嫌いの人まで、多くの人々に支持されている。大学・病院・企業などの研究機関と共同研究を進める一方、地方公共団体の健康増進計画での運動療法責任者も務める。ビデオ、DVD多数、著書は80冊を越える。
  • 松井浩
  • 松井浩[聞き手]
  • 早稲田大学第一文学部在学中から、フリーライターとして仕事を始め、1986年から3年間「週刊文春」記者。その後「Number」で連載を始めたのをきっかけに取材対象をスポーツ中心にする。テーマは「天才スポーツ選手とは、どんな人たちか」。著書は「高岡英夫は語る すべてはゆるむこと」(小学館文庫)「打撃の神様 榎本喜八伝」(講談社)等。高岡英夫との共著に「サッカー世界一になりたい人だけが読む本」「ワールドクラスになるためのサッカートレーニング」「サッカー日本代表が世界を制する日」(いずれもメディアファクトリー)、「インコースを打て」(講談社)等がある。

第13回 イチロー【前編】(08.10.24 掲載)

『上丹田・中丹田・下丹田』

上丹田・中丹田・下丹田―自分の中の天才を呼びさます
(ベースボール・マガジン社)2,100円

巻末に「イチローの身体意識の構造【愛工大名電高校3年時 1991年】」「イチローの身体意識の構造【シアトル・マリナーズ時 2004年】」が掲載されています。 こちらの本も合わせてお読みになると、イチローの身体意識についての理解がより深まります。

――今年のイチローは、あまりパッとしませんでしたね。

高岡 いやあ、松井君、イチローを捕まえて「パッとしない」と言ってはかわいそうですよ。今シーズンも、8年連続となる200本安打を記録したんでしょう。

――はい。しかも8年連続の200本安打は、メジャーリーグでも107年ぶりの記録です。また、8年連続100得点というのも達成していて、こちらは19世紀に1人いるということでした。さらに3年連続のシーズン最多安打記録というのは、なんと史上初だそうです。

高岡 そうでしょう。松井君、普段の自分の生活を振り返ってみなさいよ。

――ぐぅわぁ~。でも、イチローの話をする時は、とりあえず自分のことは棚に上げておくしかないですね。本当にイチローの努力と活躍には頭が下がりますから。しかし、その一方で、最近はシアトルまで見に行こうと思わないばかりか、テレビで見る気もしないんです。

「最近はテレビ中継を見たいと思わない」という何気ない気持ちが、真実を突いているケースは少なくない

高岡 確かにそれも、松井君の大変正直な気持ちなんだよね。松井君は運動科学を勉強しているので、そういう専門性の観点からも見ているんでしょうが、読者の皆さんや周囲の人たちはどうでしょうか。今シーズン、イチローの映像や話題で盛り上がったことが何度あったでしょうか。かつてテレビ中継を見ていた人が、「最近はあまり見る気がしない」というのは、一つの重い事実ですよ。こういう人々の直感というのは、得てして真実を突いている場合が多いですからね。

――私も、常々、ミーハー心理は侮れないと思っています。

高岡 たとえば、NHKのBS放送があれだけ普及したのは、マイケル・ジョーダンのお陰だといわれていますね。NBAで「神」と呼ばれる選手のプレーを見て、たちまち多くの日本人が慣れないBS放送に釘づけにされてしまった。NBAの天才的な選手の中でもジョーダンは別格で、「受信料を払っても見たい」と思わせるほどの存在だったんですね。

――私は、当時、ジョーダンをアメリカまで見に行きました。同時代を生きた人間として、マイケル・ジョーダンを生で見たというのは、忘れられない思い出になっています。

高岡 当然、アメリカまで見に行くという行動を起こさせる存在でもあるわけです。逆に、ジョーダンが日本へ来たこともあって(’96年12月)、私にとって忘れられない思い出となっています。当時の日本のトップ選手と一緒に、バスケットボールの試合をしたんですね。5人対5人の試合はNBAの契約上できないというので、4人対4人でした。その試合に、当時私がゆるトレーニングを指導していた陸川章という日本代表のキャプテンをやった男が出場しました。身長がジョーダンと同じ198cmの選手ですよ。その陸川が、同じチームのメンバーとして一緒にプレーしてみて、「初めてわかりました。やっぱり、マイケル・ジョーダンは『イカ男』でした」と言ったんです。

 実は、試合前に私が「マイケル・ジョーダンの身体は、イカやタコのようにグニャグニャだよ」と話していたんです。しかし、陸川は、「それはないだろう」と思っていたというんですね。後で「いかに先生の話でも、それだけは信じられませんでした」と話していました。

――12年前ですからね。当時「ゆる」や「ゆるむ」という言葉を専門用語として使っていたのは、高岡先生とその周辺の人間ぐらいでしたね。「ゆるキャラ」なんてものも存在していませんでしたし。当時、超一流選手の筋肉というのは、きっと鋼のように固いんだろうというぐらいにしか思われていなかった時代でしたからね。

高岡 あの頃は、それが普通でしたね。だから、陸川がジョーダンに対して持っていたイメージも、たとえば、天にそそりたつ杉の巨木とか、竹とか、固くて直立しているというイメージだったんでしょうね。ところが、一緒にプレーしてみると、タコやイカどころではない、本当にグニャグニャでビックリしたそうです。彼は、その時、こうも言っていました。試合を見ていた人たちはもちろん、ジョーダンと一緒にプレーした他の選手でも、そのことには気づいた人間は一人もいなかったでしょうね、と。

――当時のことを考えると、現在は、「ゆる」や「ゆるむ」という言葉もずいぶん浸透してきましたね。

スポーツ選手の実力は、その選手に潜在的に形成される身体意識が支えている

高岡 確かに、言葉としては浸透してきました。もちろん、それは私にとって大変うれしいことなんですが、では、多くの日本人の身体が、その言葉の普及通りにゆるんできているかといえば、まだまだですからね。また、超一流選手の身体を見る目が深まってきたかといえば、これも全然ですよね。多くの人は、超一流のスポーツ選手を見て、直感で「もっと見たい」というのは感じています。それから、その種目に詳しい人なら、どの程度のレベルなのかもわかる人はたくさんいますね。そして、レベルが上がったとか、下がったというのもわかる人はいる。ところが、その実力を支えている心身のメカニズム(ゆるみと身体意識の構造機能)はというと、突然、さっぱりわからなくなるんですよ。

※身体意識とは、高岡の発見した身体に形成される潜在意識のことであり、視聴覚的意識に対する「体性感覚的意識」の学術的省略表現である。『究極の身体』(講談社)の第2章「重心感知と脱力のメカニズム/センター」(72ページ~)や『センター・体軸・正中線』(ベースボール・マガジン社)のはじめに(1ページ~)、序章(17ページ~)で詳しく解説しています。

――ただ、その身体意識の中でも「センター(中央軸)」については、何となく感じる人は増えていますね。

※センター(中央軸)とは、身体の中央を天地に貫く身体意識。『究極の身体』の第2章「重心感知と脱力のメカニズム」(49ページ~)や『センター・体軸・正中線』(ベースボール・マガジン社)の序章(17ページ~)、第1章「センター」(45ページ~)で詳しく解説しています。

高岡 さっきのマイケル・ジョーダンの例でいえば、「天にそそり立つ杉の木」という感じですよね。センターについては何かを感じる人が増えていますが、その前提となっているユルユル、ベロンベロンにゆるんでいる状態というのは、わからない人が、まだまだ多いですね。

――ぜひ、この対談を読んで頂いたり、高岡先生の『究極の身体』を読んでもらって、自分自身の身体にはもちろん、スポーツ選手や周りの人を見る時の参考にして頂きたいですね。そういう心身のメカニズムについて知るだけでも、世の中が変わるぐらいの衝撃があると思います。

では、本題のイチローについてですが、最近は世間の話題にあまり上らなくなったという裏には、彼を支える心身のメカニズムの低下があるということですか。

最近のイチローは、身体が固くなって「本質力」が落ちてきている

高岡 そうなんですよ。もちろん200本安打を打つ選手なんだから、あまり言ってもかわいそうなんだけど、彼のパフォーマンスを支える身体メカニズム、つまり「本質力」が落ちてきているのは間違いないと、私は見ています。

――その「本質力」についてよく勉強されている方なら、まず、センターが低下していることはわかると思いますね。

高岡 センターは、高ければ高いほど、深ければ深いほどいいんです。しかし、最近のイチローは上も低くなったし、下も浅くなってきましたね。それと、シーズン最多安打(262本)を塗り替えた’04年は、身体の両脇に沿ってできるセンターの一種である「第3側軸」が発達していて、これが、当時の自由自在なバッティングを支えていたんです。その頃のイチローは、中央軸はもちろん、第1側軸でも、第2側軸でも、そして第3側軸でも回転軸としてスイングを始動していました。これは、右脇から左脇までのどこでも軸として、ボールを捉えることができたということです。

 そもそもセンターの内、中央軸が1本あれば、それだけで日本のプロ野球で一流選手として生きていけるほどの役割をするものですからね。プロ野球の世界で成功する選手というのは、プロ野球に憧れた多くの野球少年の中で、ほんの一握りの人たちでしょ。それだけでもすごいことなんですが、右脇から左脇のどこでも軸として使えたというのは、もう大変なことですよ。シーズン最多安打を塗り替えるという快挙は、まず巨大な中央軸と、そしてこの「側軸」によって支えられていたといえます。

※「側軸」とは、「中央軸」の左右に発達する天地を貫く身体意識。『センター・体軸・正中線』(ベースボール・マガジン社)の第1章「センター/正面から見たとき、縦に通る「側軸」は7本ある」(65ページ~)で詳しく解説しています。イチローの「側軸」については、『インコースを打て 究極の打撃理論』(講談社)の第4章「運動科学による分析/山内さんは両脇に沿って通る第三側軸が発達していた」(275ページ~)以降をご覧ください。

 

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