2012年ニュルブルクリンクレースを語る【特別編】 高岡英夫×クラゴン×藤田竜太鼎談
【ニュル鼎談特別編】 祝!クラゴン VLNニュルブルクリンク耐久レースクラス優勝記念
『月刊秘伝「ゆるとは何か?」』特集 取材秘話 第3回 (2012.8.7 掲載)
重要なのは、ポジションもブレーキも考えて変えたわけではないのに、見事につじつまがあっていたということ
高岡 ところで、もう少し詳しくトレーニング後にどうフィーリングが変わったか、聞かせてくれないかな。
クラゴン はい。「手首プラプラ体操」をやった後の2回目の走行のときは、コースの最終区間の普通のアスファルト路面で、ステアリングを大きく切り込んでいったとき、そのときのタイヤのグリップ感を、これまでにないほどくっきり感じることができたんです。
そして「足ネバネバ歩き」をご指導していただいた後に、さっき話が出たすごいブレーキができたわけですが、そのときは「手首プラプラ体操」で開発された手が、今度は足になったようなフィーリングでした。
高岡 そういうことだよね。
藤田 ドライビングポジションとかは変わらなかったのかな?
クラゴン とくに意識はしていなかったので、自分では変えたつもりはありません。
藤田 そうか。ポジションが変わってもいいぐらい、操作系のゆとりが変わってきたように見えたんだけど。
クラゴン ポジションに関しては、そのときのちょうどいいポジションに合わせているだけなので、ひょっとしたら、座面でワンノッチとか、背もたれの角度も少しぐらい調整し直していたかもしれません。
高岡 そうしたことを考えてやっていないのが素晴らしいんだよ。
さっきのブレーキの話もそうだよね。
秘伝誌の編集者の方が隣に乗ったときも、意識してブレーキ操作を変えたわけではないんだよね。
クラゴン その通りです。
高岡 でもつじつまは見事にあっていた。ここがものすごく重要なんだよ。
というのも、約70kgの大人が隣に乗ったわけだから、物理的に考えれば当然ブレーキの踏み方が、ひとりで運転していた時と同じはずではないんだよね。
クラゴン そうです。そうです。
高岡 だから、実際には必ず違うブレーキの踏み方をしているわけだ。
達人と凡人の違いは、潜在意識下の小脳・大脳基底核がどれだけ使えるかにある
藤田 車重が1240kgのクルマで、70kgプラスということは、5.6%の重量増ですから、その影響は決して少なくないですからね。
ガソリンは1Lで約770gなので、耐久レースでガソリンが空になってピットに入ってきて、満タンにしてコースに戻っていったときは、大体70kgぐらいの重量変化に対応しているので、それと同じことですね。
クラゴン F1だとガソリンが10kg軽くなると、1周で0.25~0.4秒ぐらい速くなるといわれていますから、70kgの重量差は小さくはないですね。
クルマが重たくなるとその分止まりにくくなり、加速が鈍くなりますから……。
だからボクも、70kg重たくなったときは、ひとりでドライブしていたときより、少し手前でブレーキを開始していたはずなんですが、でも、さっきはここからブレーキを踏み始めたので、今度はこの辺、という操作はしていません。
あそこまでに、このぐらいの速度に落とすには、ここからブレーキを……といった具合に、逆算するかたちでブレーキポイントを判断しているはずなんですが、ほとんど無意識に調整しているのが本当のところです。
高岡 それも小脳がやっているってことだよ。
脳のレベルの話をすると、小脳と大脳基底核がやっていることは顕在意識のレベルではないんだよ。潜在意識下の機能になる。
だから、頭=顕在意識で考えてどうこうなるような脳ではないんです。はじめからね。
そしてここのところが肝心なんだけど、よく言う達人と凡人の違いとは何かというと、そうした潜在意識下の小脳・大脳基底核がどれだけ使えるかというところにあるんだよ。
達人が、凡人の弟子を育てようとすると、どう伝えていいかわからなくなって、よく悩むケースがあるんだけど、それもこうした背景があるからなんだ。
クラゴン そうだったんですか。
- 走行直後にクラゴンにインタビューを行う藤田氏
絶妙なブレーキ操作は、すべて潜在意識下で行われていた
高岡 ちょっと考えてほしいんだけど、頭、この場合は大脳新皮質で考えて、体現できるようなことなら、言語情報で全部弟子に伝えられるはずでしょ。
だけど、達人が体現している動きというのは、圧倒的に小脳や大脳基底核がコントロールして行っている動きなので、隠すつもりがなくても、絵にも文にもならないので、他人に伝えることができないんだよ。
藤田 なるほど。
「達人の能力」と「体操」をマトリクス図にして、作り上げていったのが「ゆる体操」
高岡 そこで達人は仕方がなく、自分のやってきた練習法とか、「あの感じで動いたときのことが役立っているのかな」といった経験的な発想から、「どうもこの辺が役に立つのでは」という山を張って、それを何とか後進に伝えようとして、皆さん工夫してきた歴史があるわけだ。
それに対し、私の研究はまさに小脳と大脳基底核の機能の研究だよね。したがって、最初から小脳と大脳基底核の機能をどうやって開発すればいいのか、という発想で物事を考えてゆるトレーニングのようなメソッドの開発にたどり着いたんだよ。
その結果、クラゴンのようなレーシングドライバーなら、クルマに乗らなくてもやれること、武術家ならば、武術をやらないでやれること、具体的には剣や棒や弓などの道具がいらない、柔道や柔術、合気でも、相手がいない環境、つまりレーシングドライバーにとってクルマがないのと同じような環境で、小脳や大脳基底核をいくらでも鍛えられる方法が体系的に開発されたんだよ。
だからそれらの知見を思い切ってゆる体操という形に結集させたんだ。
そういう意味で、ゆる体操の中には、武術・武道系はもちろん、モーターレーシングをはじめとするさまざまなスポーツにおいて、本当にごく一部の達人だけが持っている能力をずっとピックアップしていって、この能力はこの体操とこの体操、あの能力はこの体操とこの体操をやれば鍛えられるなというマトリクス図がちゃんと出来上がっているんだよ。
藤田 マトリクス図ということは縦軸と横軸に能力と体操を展開した基盤のような図を考えれば良いんですね。
高岡 そう。この場合、横軸に達人の能力をダーッと並べていって、縦軸に体操を作っていって完成したのが、ゆる体操だということ。
そうすると、必然的に多様な能力を網羅しなければならないことになるよね。
たとえばある一つの達人の能力があったとしたら、それに対し最低5つぐらいの体操が、しっかりカバーしていくように考えているし、逆にいえば、一種類のゆる体操で5つぐらいの能力が鍛えられるようにできているんだ。
なによりも面白がることが、小脳と大脳基底核の活動性を一番高めることになる
さらにこうしたゆる体操を開発していくうえで、もうひとつとくに工夫したのは、表向きはとにかく面白おかしい体操にすること。
なぜ表向きは面白おかしい体操にしたかというと、それには二つの理由があるんだ。
ひとつは、なにより面白がることが、小脳と大脳基底核の活動性を一番高めることになるからなんだ。実際にゲラゲラ笑う必要はないし、ゲラゲラ笑ったままでは集中が出来ないから良くない。ではどういう状態が良いかというと、心から楽しく笑っちゃっているときと同じような気分で集中すると、一番小脳と大脳基底核が働くんだ。
だからこうしたキチンとした科学的背景に従って、何が何でも、面白おかしい体操にしたわけ。
頭の固いおじさん、つまり小脳と大脳基底核が衰えて固まっている中高年の男性には、ちょっとかわいそうだと思ったけどね(笑)。
藤田 では、その頭の固いおじさんたちはどうしたら救われるのでしょう(笑)。
高岡 それはやっぱり清水の舞台から飛び降りるような気持ちで、ゆる体操の面白おかしい世界に飛び降りてくるしかないんではないかな。
でも、そのダイビングの仕方にも、親切なやり方を用意しているんだ。
クラゴン 親切なやり方とは?
高岡 親切なやり方その1。まず自宅で誰もいないときにこっそりとやる(笑)。
クラゴン・藤田 ハハハハハ(爆笑)。
高岡 笑い事ではないよ。真面目にその人たちの事を考えて、ゆる体操はデザインされているんだから。まずゆる体操のDVDでも見ながら、「くそ、こんなふざけた体操をつくりやがって」と文句のひとつもいいながら、それでいて、ときどきクスッと笑いながらやればいいんだよ。普段いかめしい顔をしているおじさんほど、奥さんや子供たちの前ではやりにくいだろ。
藤田 そうでしょうね~。
高岡 だから一人でやればいいんだよ。一人でやってもそこそこ何とかできる、とくにひざコゾコゾ体操とか、足足系のゆる体操とか、そういう取り組みやすくて、効果が体感しやすいものからやるといいよね。
ああいう体操から入れば、きっと頭の固いおじさんたちも救われるんじゃないかな。
クラゴン たしかに救われそうですね。
- 正しく取り組めば、さすり運動だけでも脳の活動性向上に絶大な効果が。
高岡の手を実際に手に取り、その徹底したゆるみを身に覚え込ませる
高岡 もし、そういうおじさんがゆる体操に興味を持ってくれたなら、まず部屋の中で隠密裏に一人でやるというやり方から実践してほしいな。
じつをいうと、これもゆる体操の王道なんですから。
藤田 人前でいきなり「Vゾーン体操」とか「波チャップン体操」とかとなると、ちょっとハードルが高すぎますからね(笑)。
高岡 だよね(笑)。すごく抵抗があると思うよ。私にはその気持ちがすごくよくわかる。
なぜなら何を隠そう、自分自身がいかめしい顔をして生きてきた過去があるからね(笑)。
クラゴン・藤田 ハハハハハハ(笑)。
本物の達人は、ここぞというときに一気に究極に近い真面目さを発揮すると同時に、プッツンするときは容易に奇想天外なことができてしまう
高岡 でも、40歳を過ぎて、50歳を過ぎて、60歳を過ぎて、さらには70歳を過ぎても、さらに武術が面白くなっていき、本当に身体が使えるようになっていき、技がさらにさらに上達していき、いやましにどんどん達人の道を歩いていくためには、やっぱりゆる体操の持っているあの可笑しさ、滑稽さが、当然のごとく体現できないと無理だよね。
今回は秘伝誌の取材だったから話しておくけど、秘伝誌に登場する達人でも、本物の達人の先生方は、例外なく面白い人のはずなんだよ。
もちろん、表向きどう表現しておられるかは別の話なんだけど、一番まじめそうに見えるK先生だって、一皮むけばとんでもなく滑稽ないたずら好きのおじさんだからね。
H先生なども大変に面白い方だと思うよ。
このように達人になる人たちというのは、ちゃんと自分の内側では、ゆる体操が目指している可笑しさや滑稽な世界を、すでに持たれているんだよ。もう、どんなことでも、可笑しくやれて、深く深く楽しめちゃう。脳の深部、つまり小脳と大脳基底核が深く深く働いてしまう。それが達人のひとつの重要な条件なんだよね。
一方、そこまで行けない人々は、脳の深部が働きにくい頭の固い段階で留まってしまっているんだよね……。
それを打破するために、達人たちが一斉に「じつは、私たちこんなに可笑しく、滑稽なんです」なんてカミングアウトしてくれるといいんだけどね。
一同 (爆笑)。
クラゴン でも、クルマの世界もそうですよ。世界的なレーシングドライバーや、F1のチャンピオンクラスのドライバーは例外なく、おかしなおじさんたちですから。
高岡 そうだろう。
藤田 F1の場合、1チームに2名のドライバーがいるんですが、真面目で固いドライバーは大抵セカンドドライバーで、完全にイッちゃっていて、おかしな方がファーストドライバーですからね。だけど、本人はいたって大真面目なんです。でも傍から見ていると、その真面目さがまた素晴らしく飛んでいるというか、何とも言えなくおかしいんですけど。
高岡 真面目かつ、プッツンってことだよね。それはある意味あたりまえなんだよ。優れた達人、しかも世界のトップアスリートともなると、F1などがそうであるようにビッグビジネスが絡んでくるでしょ。そうなると、極めつけに真面目でなければならない場面も当然あるわけだ。
クラゴン いわれてみればそうですね。
高岡 で、本物の達人たちはどうしているかというと、そうした真面目でなければならない部分は、他のどんな真面目な人間よりももっと真面目にできるんだよ。ここぞというときは、一気に究極に近い真面目さを発揮する。その一方で、プッツンするときは容易に常識はずれな奇想天外なこともできてしまう。
じつは、究極的にプッツンしないと究極の真面目さというのはできないんだよね。真面目だけでは、至高の能力を体現することは無理なんだよ。
だからクラゴンも世界でもっと活躍するために、もっともっとゆるまないとね。
- もっとゆるんで、世界でのさらなる活躍を誓う
クラゴン ガッテン承知いたしました。もっとゆるんで、もっと深く深く滑稽な人間になれるよう、精進します(笑)。
高岡 期待しているぞ。
クラゴン はい! 今日はありがとうございました。
藤田 ありがとうございました。
―了―