ホーム > 1000年、2000年後にも影響を及ぼすであろう『五輪書』の真義とは!?『宮本武蔵は、なぜ強かったのか?』 著者に聞く【後編】

1000年、2000年後にも影響を及ぼすであろう『五輪書』の真義とは!?
『宮本武蔵は、なぜ強かったのか?』
著者に聞く

【文中で紹介された本】

1000年、2000年後にも影響を及ぼすであろう『五輪書』の真義とは!?

  • 高岡英夫
  • 高岡英夫[語り手]
  • 運動科学者。「ゆる」開発者。現在、運動科学総合研究所所長、NPO法人日本ゆる協会理事長・推進委員。東京大学、同大学院教育学研究科卒。東大大学院時代に西洋科学と東洋哲学を統合した「運動科学」を創始し、オリンピック選手、芸術家などを指導しながら、年齢・性別を問わず幅広い人々の身体・脳機能を高める「ゆる体操」「ゆる呼吸法」「ゆるウォーク」「ゆるスキー」「歌ゆる」を開発。一流スポーツ選手から主婦・高齢者や運動嫌いの人まで、多くの人々に支持されている。大学・病院・企業などの研究機関と共同研究を進める一方、地方公共団体の健康増進計画での運動療法責任者も務める。ビデオ、DVD多数、著書は80冊を越える。
  • 松井浩
  • 松井浩[聞き手]
  • 早稲田大学第一文学部在学中から、フリーライターとして仕事を始め、1986年から3年間「週刊文春」記者。その後「Number」で連載を始めたのをきっかけに取材対象をスポーツ中心にする。テーマは「天才スポーツ選手とは、どんな人たちか」。著書は「高岡英夫は語る すべてはゆるむこと」(小学館文庫)「打撃の神様 榎本喜八伝」(講談社)等。高岡英夫との共著に「サッカー世界一になりたい人だけが読む本」「ワールドクラスになるためのサッカートレーニング」「サッカー日本代表が世界を制する日」(いずれもメディアファクトリー)、「インコースを打て」(講談社)等がある。

『宮本武蔵は、なぜ強かったのか?』著者に聞く【後編】(2009.07.03 掲載)

――前回のお話では、宮本武蔵の書いた『五輪書』が、今後2000年の世界の根本書になっていくほどの価値あるものであることと、今後、『五輪書』をゆると身体意識のトレーニングに励む教本にしてほしいということでした。そして、高岡先生の3つめの読者への期待としては、そのゆると身体意識の観点から、歴史に残る書籍をもう一度読み返してみませんかということですね。

高岡 そうです。いろんな本を読み直してみると、驚くような発見があると思いますね。私も、今、世阿弥の『風姿花伝』から始まって仏法関係までいろんな書物を読み返しているんですけど、五輪書がこんなにわかってなかったわけですから、たぶん大発見ができると思いますよ。それが、私のこれからの研究者としての楽しみでもあります。

――現在の優秀なスポーツ選手のインタビューを取っても、ゆると身体意識を知って聞くと、知らずに聞くのとは、まったく違いますからね。

将来は、『五輪書』の内容を全部理解したうえで、認識し、発見し、語り合えるような時代になってくる

高岡 そうですね。何年か何十年か後には誰にとっても、私が読解させて頂いた『五輪書』の内容を全部理解したうえで、認識し、発見し、語り合うということが必要になる時代が来ると思いますね。時間はかかるかもしれませんが、やがて、そういう時代になるでしょうね。そしたら、世の中は進みますね。

――どんどん、いろんなことが変わってくるでしょうね。たとえば、大河ドラマの『武蔵』も、登場人物の動きも、筋書きも全く違ってくるでしょう。といっても、実演できる俳優がそうはいないでしょうから、アニメやCGになるかもしれませんが。

高岡 本当ですよね、最初のうちはアニメやCGじゃないと無理かもしれませんね。今までのものとは、もう何から何まで全然違いますから。

――'03年の大河ドラマ『武蔵』には、本当に驚きました。私は、もともと武蔵にはほとんど興味がなかったので、映画や小説も読んでいなくて、いきなり高岡先生のところで武蔵の動きや身体意識を学んだわけです。その知識であのドラマを見たら、最初の5回くらいの放映で武蔵が10回くらいは死んでいる(正確な数字ではありません)と思いました。とにかく武蔵の動きは遅いし、隙だらけでしたね。一度など、武蔵が多人数の敵を前にした場面で、武蔵の目がアップになり、両眼を右から左へ睨むように動かす演出があって、その瞬間、私の頭の中には武蔵が斬り殺されている場面が浮かんでいました。ああいう演出もこれまでは許されていたわけですが、今後はもう通用しなくなってしまうということですね。

現在のドラマや映画は「見の目」しか描けないが、武蔵は「見の目」、つまり焦点で物を見てはダメと書き記している

高岡 武蔵が、『五輪書』で「観の目、見の目」ということを書いているんですね。今回の本の中では触れていないんですけど、「観の目つよく、見の目よわく、遠き所を近く見、ちかき所を遠く見る」ことだと言っているんです。でも、今日までのドラマや映画では「見の目」しか描けていないんですよ。もっといえば、普通の人は、「見の目」しかわからないし、できないわけです。でも、武蔵は、見の目、つまり、焦点で物を見てはダメだと言っているんです。

 うちの極意武術協会では、現在4極というのがトップレベルなんですけど、その4極以上の稽古会では、私が観の目の実演をよくやってみせます。動き出しの気配も少なく、早度と速度ともに優れた突きを持っている連中に、60㎝ほどの距離ですね、完全に私の顔に当たるところから、全速で突かせるわけです。この時、こちらが見の目を使ってしまうと、相手との間合いを少しでも余計にとって、予備緊張をもって、だらっと下ろしていた手をディフェンスポジションに構えたくなってくるんですよ。つまり、身構えたくなるんですよ。そして相手が突くと同時に、わずかに顔を斜め後ろに引きながら、それと反対方向に手で受けて流そうとする。つまりわずかでも飛び退きながら、手でかわすことしかできなくなるんですね。ところが、観の目をつかうと、全身がぼーっとしたまま、目ははるか星空のかなたを見ているんです。それでいて、あと数センチで鼻に当たるというところで、腕も手もだらーと垂らした状態から、突然、顔をまったく引かないで相手の突きを手で受けることができるんです。また、相手の腕が動く前に、相手の心が動くのがわかりますから、その段階で突手がまったく動けないまま相手の顔をガバッと手でつかんでしまうことだってできるわけです。

 武蔵のいう観の目というは、フリー反応系のことです。そして、この反応系は、人間の誰にも備わっている能力なんですね。しかし、その一方にスティッフ反応系というのがあって、ほとんどの武道系とか、スポーツ選手はこのスティッフ反応系でやっている。人数でいえば、ざっと1万人のうちの9999人は、スティッフ系でやっていると思いますね。稀な人間だけが、ちょっとそこからフリー系にはみ出ている。

――たとえば、1960年代に安打製造機と呼ばれたバッターの榎本喜八さんについて取材した時、当時の大投手だった稲尾和久さんが、「ふつうは、バッターを睨むと睨み返してきたりして目が合うんだけど、榎本さんだけは目が合わないんだよ。どうもオレの後ろの方を見てるんだよな」と話しておられたので、榎本さんに聞くと、「150キロのボールは、じっと見ていたら間に合わないので、遠くを見るような感じにしていたんです。そうすると、どんな速い球でも間に合いました」と話しておられました。

高岡 まあ、焦点はまったくボールに合っていないのに「勝手にバットに当たる。うまくいくんだよね」という感じでしょう。それは、フリー反応系の方に入っている人の証言ですよね。

――でも斬り合い、殺し合いでなくとも、殴り合いでもそんなふうに見るなんて、ものすごく勇気がいることでしょう。

高岡 大変な勇気がいりますよ。よーく見えているかといえば、そうじゃないわけですから。よく見えていなくて、異次元の反応システムの中に、自分を置くんですよ。それは、恐ろしいことですよ。私だってね、斬り合いじゃないけど、クォリティの高い突きを持った人間に、必ず当たる距離で、かつ、無防備な状態で突かせたら、そりゃあ怖いですよ。

――わずかでも間違えば、高岡先生、人前に出られなくなりますね。

これからは、ゆる体操、ゆるトレーニング、ゆる生活の時代にしていくことが、武蔵の恩に報いること

高岡 本当に、顔を破壊されますよね。その怖さに予備緊張をもって対処するという行動は、いろんなことに当てはまって、たとえば、健康になりたいと思うと筋トレをするのと、結局は同じことなんです。そうやって身体を固めるのではなく、反対にゆるゆるにゆるんじゃった方がいいんだけど、それではまるで頼りないと思うから、筋トレをするという発想になる。でも、ゆるんでしまえば、もっと健康になれるんですよ。

――アメリカのメジャーリーグでかつて「火の玉投手」と呼ばれたボブ・フェラーが、今、90歳で草野球のピッチャーをしたというニュースがありました。90歳で、まだ投げられるんですね。

高岡 本当にねぇ。ゆるんでいる人は、どこにもいるんですよ。

――現役時代もゆるんでいて、今もそれを大きく失わずにいらっしゃる。

高岡 普段の生活の全てが、うまく「ゆる生活」になっているんでしょうね。だから、私たちの目標も、ゆる体操からゆるトレーニング、そして、ゆる生活へと歩みを進めることですね。存在そのもの、人生そのものをゆるっていって、社会全体もゆる社会にしないといけませんね。

――その前提としては、ゆるとか、身体意識を実感するためにも、まずやってみないといけませんね。

高岡 ゆる体操が完備できたので、非常に快適で、お金もかからず、それほどの努力感もなくやっていけるようになっていますし、成功の確率も高くなっています。まだ始めてないという方は、ぜひおやりになればいいでしょね。五輪書も、ゆる体操の原理書として位置付けられることが解明できましたから。

――ゆる体操を創られたのは高岡先生ですけど、宮本武蔵が、当時、ゆる体操をしていれば、あれほど苦しまなくてもよかったでしょうね。

高岡 そうですね。ちゃんと中学生からやっておけば(笑)、自身最高のパフォーマンスを行った13歳からやっていれば、もっとゆるんでいけたでしょうから。

――巌流島の戦いが、あんなぶざまなことにはならなかったでしょうね。

高岡 それもそうですけど、それ以前に、あれほどの殺生をしなかったでしょうね。何度かの闘いでさっさと終わって本物の悟りの境地に達して、もっと偉大な存在になっていたでしょうね。まあ、この後の話は仮想歴史だから、語っても仕方ないという意見もあるでしょうが、あえて想像してみると、たとえば、徳川家の御指南番は宮本武蔵だったでしょうね。柳生石舟斎よりもはるかに高い境地に達して、それが家康などの為政者をして納得させるところまでいったでしょうし、徳川政権の中身まで変え得る存在になったかもしれないですね。

――石舟斎は、人殺しを超えようとしたわけですからね。

高岡 そうです。武蔵が最もゆるんでいた13歳の頃から、「水を本とし」と書いたことを体現するようにゆる体操をしていれば、10代のうちに悟りに達して、28か、29歳までやり続けた殺生はしなかったということ。これは、あくまで仮想歴史ですが、そうすると、吉川英治の『宮本武蔵』のような作品は生まれ得ないし、それを基にした映画や漫画も生まれ得なかったわけです。武蔵が、さらにゆるんでもっと高い境地に達していた歴史を考えると、現実の日本はかなり陳腐な歴史を歩んできたということになりますね。

 こう言うと、一人の人間の力はそれほど大きいのかと疑問に思う人がいるかもしれませんが、事実として、一人の人間の力はとてつもなく大きい働きをすることがあるんですね。日本でいえば高杉晋作とか、イギリスではチャーチルが出現して国の歩みが変わったということがあるわけで、一人の人物によってベクトルの元が変われば、国の歩みでも全く違う方向へ行く可能性があるわけですよ。そういうことも踏まえて、これからは、私たちがゆるむためのトレーニングと、ゆる生活の実践ににひたと励むことが重要ですね。それが、武蔵が「五輪書」を遺してくれた恩に報いることじゃないかと思っています。

▲このページの先頭に戻る