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「究極の身体」を体現させる最先端メソッド
「ゆるスキー」最新レポート

「究極の身体」を体現させる最先端メソッド

「ゆるスキー」最新レポート

  • 高岡英夫
  • 高岡英夫[語り手]
  • 運動科学者。「ゆる」開発者。現在、運動科学総合研究所所長、NPO法人日本ゆる協会理事長・推進委員。東京大学、同大学院教育学研究科卒。東大大学院時代に西洋科学と東洋哲学を統合した「運動科学」を創始し、オリンピック選手、芸術家などを指導しながら、年齢・性別を問わず幅広い人々の身体・脳機能を高める「ゆる体操」「ゆる呼吸法」「ゆるウォーク」「ゆるスキー」「歌ゆる」を開発。一流スポーツ選手から主婦・高齢者や運動嫌いの人まで、多くの人々に支持されている。大学・病院・企業などの研究機関と共同研究を進める一方、地方公共団体の健康増進計画での運動療法責任者も務める。ビデオ、DVD多数、著書は80冊を越える。
  • 松井浩
  • 松井浩[聞き手]
  • 早稲田大学第一文学部在学中から、フリーライターとして仕事を始め、1986年から3年間「週刊文春」記者。その後「Number」で連載を始めたのをきっかけに取材対象をスポーツ中心にする。テーマは「天才スポーツ選手とは、どんな人たちか」。著書は「高岡英夫は語る すべてはゆるむこと」(小学館文庫)「打撃の神様 榎本喜八伝」(講談社)等。高岡英夫との共著に「サッカー世界一になりたい人だけが読む本」「ワールドクラスになるためのサッカートレーニング」「サッカー日本代表が世界を制する日」(いずれもメディアファクトリー)、「インコースを打て」(講談社)等がある。

世界トップスキーヤーの本質力の正体を解き明かす(1)(2009.01.30 掲載)

――この冬、高岡先生はスキーに行かれたのですか。

高岡 行きましたよ。1月5日に長野県の野沢温泉へ入って、9日に帰ってきました。6日~8日まで実質3日間スキー場にいたんですが、今回は、自分のために滑った時間は1秒もなかったです。しかも、6日はゲレンデにも行かなかった。

――スキーに行って一日中ゲレンデに出ないというのが、さすがに「ゆるスキー」ですね。

高岡 「ゆるスキー」のトレーニングは、どこでもできますからね。実際、6日はホテルで中学生のアルペンスキーの競技選手の身体を一日中見てやっていました。小学生の頃からゆるスキーを一緒にやっている子で、中学生になって本質力のトレーニングを本格的にやっている選手です。中学2年になったので、本格的に面倒を見てやろうということで、その子のために一日時間をあげたのです。

――中学2年(14歳)という年齢には、何か意味がありますか。

高岡 「中学2年」という年齢は、本質力の発達に大変重要な意味を持っています。もちろん人にもよるのですが、ほとんどの子供は、育つ過程で身体の各パーツのバランスが悪くなるものなんですね。でも、中学1年までは、それを指摘することが必ずしも良いことではないんです。子供は、自分の体について分析的な知識を得て、それを全体に総合化して、統一感をもって自分をコントロールしていくことはできないですからね。むしろ、それを指摘しすぎると、子供の精神状態を壊すことにもなりかねません。だから、中1までは、スキーなら、感覚的にゆるんで滑ろうということで「ゆるスキー」を楽しめばいいんです。だけどその一方で、家庭や学校で育つ中で、どうしても身体のバランスを崩していきます。だから、赤ちゃんの頃のゆるんだ身体を取り戻そうと思えば、いつか、そのバランスの崩れを知らせて、改善作業を始める必要があるんですよ。それができるのが、中学2年なんですね。

――小学生や中学生で「天才」と言われる子は、そうした身体のバランスの崩れが少ないというわけですね。

身体のバランスの崩れたスキーヤーは、それを改善しなければ、絶対に世界の一流選手にはなれない

高岡 そうなんです。天才と呼ばれる子は、それがはっきりと少ないですね。バランスの崩れが少なければ少ないほど、その子の本質力としての才能があると言えます。そういう意味では、野沢温泉で会った中学生は、才能のある子ではないんですよ。むしろ、親も本人も認める運動神経の鈍い子です。鉄棒の逆上がりもできない。そういう子は、身体をいくつかのパーツに分けて下から積み上げていっても、その積み上げ方自体がうまくいかないんですね。それを放っておいて、いくら雪上を滑っても、スキーのいい選手にはなれません。

――一般に、スキーの優れた選手になるには、高度なバランス感覚が必要といわれていますね。

高岡 そうでしょう。スキー板を着けると、立つことがやっとなほどツルツルひっくり返りますよね。人間は、普段、そうそうひっくり返ることはないでしょう。つまり、ツルツルとひっくり返りやすいところに立って、なおかつ速く滑らなきゃいけない。それを実現するための条件が、センターの発達とか、地芯(地球の中心)に乗って、ゆるむということなんですよ。現実に、ちょっとでもゆるめば、自分でも驚くほど滑らかに、しかも速く滑れるようになります。それは、ゆるスキーをやればたちどころに実感できることです。そして、そのままどんどんゆるんでいくと、W杯のトップ選手になっていく。たとえば、アルペンスキーのW杯のランキングは、本質力の高い順番に並んでいるといっていいですね。

――普通、パフォーマンス力は「本質力(ゆるみ度)」と「具体力(その競技の技術や戦術など)」の掛け算で表されますが、スキーは、本質力が、具体力に反映される度合いが強いということですね。

スキーは、本質力を高めていけばいくほど、それに伴ってパフォーマンス力もアップしやすい

高岡 そうです。小手先の技術の通用する範囲が少ないとか、他のスポーツに比べて、知識的な技術が少ないと言ってもいいですね。要するに、スキーというのは、他のスポーツと比べて、本質力を高めていけばいくほど、それに伴ってパフォーマンス力もアップしやすい種目なんですね。だから、一日中ゲレンデに出ないで、ホテルでゆるトレーニングをするのも、パフォーマンス力の向上に直結する練習になるんですよ。
 この中学生の選手は、雪なし県に住む子だから、普通に考えればスキー選手としての環境条件はないのと同じなんです。それでも親も本人も、挑戦したいと言ってるんですね。でも、自分でも運動神経の鈍さを自覚しているほどだから、全身のゆるみ度が足りない。全身をいくつに分けて捉えるかは、秘密事項だからしゃべれませんけれど、たとえば、1、2、3番というようにパーツに番号をつけたとすれば、1番と2番が2㎝はズレている。

――えっ、2㎝のズレは大きいですね。

高岡 スキーの競技力に与える影響から見れば、大変大きいですよ。でも、運動神経の鈍い子って、放っておけばもっとズレてしまいますよ。ところが、きちんとしたゆるトレーニングと身体調整をみっちりやれば、1日で5分の1以内に改善されます。そこらじゅうに2㎝ぐらいのズレがあったのが、わずか4㎜以下になる。ただ、日常生活を送ったり滑っている間に元へ戻ってくるから、中学生に何を教えたかというと、そのズレを自分で修正する体操法です。しかも、彼とこうして会うのは年に一度で、側にいて身体調整をしてあげることができないから、自分で身体のズレを修正できるように教えてあげた。これには、すでにゆる体操として発表されているパーツ体操がたくさん使えます。発表されていないものも必要なんですけどね。

――それだけ身体が変わると、滑りも全然違ってくるでしょうね。

日本のアルペンスキーのレベルが低いのは、柔らかな雪質という環境面と、フォームを固めてしまうこと

高岡 もちろん違ってきます。まず、スキーに乗ってフリースキーをしただけでスピードが全然違ってきます。ここが、とても大事なところですね。
 日本のアルペンスキーで、オリンピックでメダルを取ったのは、もう半世紀も前のことです。猪谷千春さん(1956年にイタリアで開催されたコルティナダンペッツォオ五輪の男子回転で銀メダル)一人だけです。日本では大変にスキーが盛んだったのに、なぜメダルが取れなかったかというと、いくつも理由はあるんですが、一番の問題は、フリースキーが遅いことなんです。ただスキーに乗って、自由に滑っていくだけのフリースキーで、ヨーロッパのトップ選手に全然敵わないんですよ。
 では、なぜ、遅いのかというと、大きな理由が二つあって、一つは、フォームを固めてしまうことですね。これが、大変な悪弊になっている。それと、雪質が柔らかいという環境面です。ヨーロッパの雪質は、とにかく固いんですよ。実際にレースをするゲレンデは、「青氷」と呼ばれるんですけど、雪じゃなくて氷なんですよ。30度、40度の斜面が、ガリガリに凍っている。面白い話があって、選手と一緒にW杯を転戦するコーチたちが、どこどこのコースのあそこは斜度が40度以上あって、「オレたち、降りられないんだよね」って苦笑しながら話している。横滑りで降りようとしても、ツルンと取られて、ザーッと下まで落っこちちゃうと。選手はそういう激烈な環境を滑るわけですよ。

――そんな氷の斜面を滑ろうとすれば、怖くて、フォームを固めてしまいそうですね。

高岡 それが、まさに日本人の発想なんです。アイスバーンのガリガリのコースで、しかも、そこを他のスキーヤーがたくさん滑った後だと、わだちが、もう石のように固まっているわけですね。普通のスキーヤーでは、板を取られてまともに滑れませんよ。そこで日本のトップ選手はどうするかというと、身体をますます固めて、縮めていくんです。スキー板を取られないようにと、板を浮かせるようにしてエッジを立てるんですね。つまり、防御姿勢になる。しかし、本当は、そういうところへ入った時こそ、もっとゆるまなきゃいけないんです。もうベロベロにゆるんで、地球の中心にポーンと乗ると、そんな堅いガチガチのアイスバーンでも、板がスパーンと入って、切れて、なじんで、氷の面を捉えたいい滑りができるんです。ヨーロッパには、そういう条件のスキー場が多いので、子供の頃から滑っている。世界のトップレベルに成長していく選手は、子供の頃から、ゆるんで身体を柔らかく使うというのを自然に覚えるんですね。また、ヨーロッパで行われている指導法も、フォームを固めていくという要素が日本に比べて少ないですね。
 日本の場合、雪が柔らかいから、固めるフォームでも、なんとか滑ることができるんですが、それがスキー選手としての根本的な限界を作ってしまっている。だから、日本のスキー選手は、より意識してゆるめるという方法を取り入れていかなければいけないということです。

――そして、そのトレーニングが、中学2年から専門的にできますよということですね。それで、その中学生は、ゆるトレーニングの結果、どれだけ滑りが変わりましたか。

身体がゆるみ切って重みが生まれ、地芯にしっかり乗って滑ると、本当に気持ちいい

高岡 その中学生には、地芯に乗るということがどういうことか教え込んで、そして、地芯に乗れることが、どんなにすさまじい世界かを伝えました。そして、最後の8日には、彼と一日中滑って、実際の滑りの中でそのことを伝えました。すごいと思ったのは、中学2年で、地芯に乗るということがわかることですね。おそらく論理を感覚の側からも理解していたのではないでしょうか。たとえば、野沢温泉に「日影」と呼ばれるまっ平らの広場があります。そこで、スキー板をつけて立つでしょ。本当にゆるんで重みが生まれて、地球の中心に乗り切ると、驚くべきことに滑り出すんです。その根本能力こそ、世界のトップと日本のトップの差なんです。

――えっ? まっ平らの広場でスキーが滑りだすとは、どういうメカニズムなんですか。

高岡 つまり、厳密に見ればまっ平らじゃないんですよ。まっ平らに見えても実は色々な方向にほんのわずかに傾いている。肝心なことは、そんなわずかな斜度を斜度として受け止められる身体があるかどうかなんです。ところが、ほとんどの日本のスキー選手は、それを斜度として受け取れない身体なんですよ。身体と頭が、まっ平らだとしか感知できないんですね。トップ選手とそうでない人の差は、そのわずかな斜度を身体が感じて、無意識に任せていけるかどうかなんですよ。そして無意識に任せていけると、まっ平らに見える斜面でも乗って滑っていける。そういう状態は、奥深く信じ難いほど気持ちいいんですよ。
 もう中学生といえば、私にとっては孫の歳なんだけど、孫とじいさんが、ゆるみにゆるみ切って板に乗るというのに取り組んでいるのが、よい正月だったなあと思いますよ。

――その中学生も、このままゆるスキーに取り組んでいけば、将来がとても楽しみですね。そして、このゆるスキーが、もっと日本の多くのスキーヤーに広がっていけばいいですね。日本のアルペンスキー界に世界のトップ選手が次々と現れるようになるのは、ゆるスキーに取り組む人が裾野として広がり、その中からとび抜けた人が出てくるようになったときだと思います。

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