2011年ニュルブルクリンクレースを語る 高岡英夫×クラゴン×藤田竜太鼎談
- 高岡英夫
運動科学総合研究所所長、NPO法人日本ゆる協会理事長・推進委員。東京大学、同大学院教育学研究科卒。東大大学院時代に西洋科学と東洋哲学を統合した「運動科学」を創始し、人間の高度能力と身体意識の研究にたずさわる。オリンピック選手、芸術家などを指導しながら、年齢・性別を問わず幅広い人々の身体・脳機能を高める「ゆる体操」を開発。日本ゆる協会理事長として東日本大震災復興支援ゆる体操プロジェクトを指揮、自らも被災地でのゆる体操手ぬぐい配布活動、ゆる体操講習活動に取り組む。
- クラゴン
- レーシングドライバーとして世界最高峰のサーキット、ドイツ・ニュルブルクリンクでのレースで活躍するなど、専門筋をうならせる傍ら、ドラテク鍛練場クラゴン部屋を主宰し、一般ドライバーの運転技術向上にも取り組む。「クラゴン」は日本自動車連盟に正式に登録したドライバー名。ゆるトレーニング歴は約11年。2011年8月のVLNがちょうど10回目のニュルチャレンジとなる。
- 藤田竜太
- 自動車体感研究所(ドライビング・プレジャー・ラボラトリー)所長。自動車専門誌の編集部員を経て、モータリング・ライターとして独立。90年代は積極的にレースに参戦し、入賞経験多数。ゆるトレーニング歴も10年以上で、某武道の指導者という顔もある。
第9回 クラゴン、11ヶ月ぶりのニュルでいきなりベストパフォーマンス(9) (2011.12.08 掲載)
タイヤの交換時期と使い方は、完全にクラゴンに全権委任されていた
藤田 任せるということで思い出すのは、タイヤの交換時期とそのタイヤの使い方をチームが完全にクラゴンに全権委任していたことです。
クラゴンがドライビングを担当した2時間半のうち、大半は雨用のレインタイヤを装着して走っていたのですが、これまでも何度もお話してきたとおり、天候がコロコロ変わったために、雨が止んで路面が少し乾きはじめてきたような状況のときでも、レインタイヤで走り続ける場面がけっこうありまして……。
クラゴン その天気に合わせていちいちタイヤ交換していたら、大きなタイムロスになります。そのため、走れるうちは我慢して走り続けるというのが基本戦略なんです。だから降ったりやんだりという天候は、常に判断を迫られる状況で、本当にドライバーとチーム泣かせだったんです。
藤田 雨用のレインタイヤというのは、皆さんのクルマのタイヤと同じように、タイヤの表面に溝が入っていて、その深さでタイヤの排水性能、つまり濡れた路面でのグリップ力を確保しているわけです。
また濡れて冷たい路面でもタイヤがグリップするように、ドライタイヤより柔らかいゴムを使っているのですが、そのために一部とはいえ乾いた路面を走行すると、ゴムの摩耗が一気に進み、溝の残量がどんどん減ります。
- 写真手前が濡れた路面でもグリップ力を確保できるレインタイヤ。
しかし乾いた路面を走行すると、ゴムの磨耗が一気に進む
クラゴン 消しゴムを木の坂の上で力いっぱいこするのを想像してもらえると近いですね。一気に減りますし、場合によってはゴムが壊れて欠けてしまうこともあります。
藤田 その状態で、再び雨に見舞われると、ウェットタイヤとしての性能は半減しているので、大変滑りやすく、危険な状態にさらされます。
だから、路面が半乾きのときに、タイヤをどのように使って、性能を持たせるかが、ドライバーの極めて重要な仕事になってくるわけです。
高岡 雨は弱まったり、強まったりすることを繰り返すと予想できていたわけだから、いったん雨が弱まったとしても、次の雨に備えてタイヤを温存しなければならないっていうことだね。
クラゴン そうなんですよ。実際、ボクももうすぐドライバー交代&タイヤ交換&給油という、自分の出番の一番最後の時間帯に、最大級の豪雨が降ってきたんで……。ボクも一応はタイヤを摩耗させないように意識して、タイヤにやさしいドライビングをしてきたつもりだったんですが、ピットイン直前だったのでタイヤもそれなりに摩耗が進んでいましたので、ちょっぴり怖い目を見ましたね(笑)。
顕在意識で何とかできるほど、身体は単純なメカニズムではない
高岡 さっき見た動画で、クラゴンの目の前で他のポルシェがクラッシュしていたのも、そのタイミングだったのかな?
クラゴン そうです。そうです。どのクルマもタイヤの摩耗がかなり進んだタイミングで、再び豪雨に見舞われたので、タイヤの残り溝が何ミリあったかという、その1ミリ2ミリの差が、明暗を分けた部分がありますね。
藤田 そのクラゴンの目の前で、クラッシュしていったポルシェこそ、優勝候補筆頭の名門チームのポルシェだったんです。あのクルマはおそらくタイヤの溝がなくなるぐらい、タイヤを使い切ってしまっていたんでしょうね。
でも速いペースを維持しながら、タイヤを温存させられるのが、真に優秀なドライバーですし、百歩譲ってタイヤが摩耗しきってしまったとしても、クルマがコース内に留まれるところまでペースを落とせばいいはずですから、名門チームのドライバーですら判断を間違えてしまうほどの状況だったんでしょう。
クラゴン ドライバーとして言わせてもらうと、あの状況でアクセルを踏んで行けるだけでも並のドライバーじゃないんです。でも、あそこまで踏んだら危ない(笑)。
高岡 要するに腕の違いってことだよね。優勝候補のドライバーより、クラゴンの方がいい仕事をしたってわけだ(笑)。
藤田 ずばりそういうことになると思います。クラゴンはクラス10位からクラス2位にまで浮上するほど(総合順位では82台抜き)のハイペースを保ちながら、タイヤマネージメントにも大成功していたわけですから。
- 総合順位で82台抜きという怒涛の走りを見せながらも、
タイヤマネージメントに手抜かりがなかったクラゴン
クラゴン 自分としては一周一周というか、一瞬一瞬を精一杯走り続けただけなので、走行中にタイヤマネージメントについても意識はしていましたけど、そのために意識的に何かをした、ということではないですね。
高岡 実際高度に動いている身体は、顕在意識では優れたコントロールできないからね。
でも肝心なのはそこなんだよ。
だけど、そのことがなかなか皆さんにわかってもらえないんだよね。しゃかり気になって、一所懸命がんばっている人ほど、顕在意識で何とかしようと思っちゃうんだよね。
藤田 たしかにそういう傾向はありますね。
高岡 これは非常に肝要なので、この鼎談の読者の皆さんには、ぜひとも覚えておいてもらいたいんだけど、顕在意識で何とかできるほど、身体は単純なメカニズムではないんだよ。
クラゴン・藤田 なるほど~。
人間の身体には、クルマにはない、複雑で精密緻密な極めて優秀なセンサーが備わっている
高岡 人間の身体に比べると、言っちゃ悪いけどクルマなんてじつに単純な機械だよね。クルマの場合、駆動力の最終伝達装置はタイヤっていうことになるんだろうけど、駆動装置って、けっきょくエンジンがシャフトを回しているだけの仕組みでしょ。
一方、人間の身体はどうだい? 下半身だけに見ても、骨だけだってすごい数があるわけだし、筋肉は骨よりももっと多いわけだけど、それらを介して、地面に力を伝達して歩いているわけだ。しかも筋肉は自ら駆動装置でありながら同時に伝達装置でもある、という複雑性を持っている。さらに筋肉のそうした役割は恒常的でなく、常に間欠的に起こる。このとんでもない複雑性は、顕在意識では追い切れるわけがないのが分かるだろう。
しかも人間の運動というのは、下半身や脚だけで行うものではないからね。
先ほど、胸椎の12番から仙骨までの腰回りの筋肉、骨格がゆるゆるにゆるんで、ずるずるの自由度を保持していないと、Gセンサーが足りなくなるという話をしたよね。
藤田 ゆるゆるにゆるんで、大腰筋が立ちあがり、その立ち上がった大腰筋に吊られながらセンターの意識が高まっていくというお話でした。
高岡 人間にはそうした複雑で、精密緻密な極めて優秀なセンサーが備わっているわけだけど、クルマにこれに匹敵するほどのセンサーなんてついているかい?
クラゴン 影も形もありません……。
高岡 これは想像だけど、ドライバーの意識では、クルマと自分の身体を比較したとき、メカニズムでは同等ぐらいだと思っている人が多いんじゃないかな。
藤田 下手をすると、クルマの方が優秀かつ複雑なメカニズムだと思っているドライバーだっているかもしれません。
高岡 それは誤解もいいところだよ。
だって、クルマって「こう動かすんだ」「ああ動かすんだ」と考えながら運転できるでしょ。つまり、まだまだ顕在意識で考えながらコントロールしうる装置なんだよ。
だけど人間の身体は今も話したように、そんなこと考えられないほど圧倒的に、天文学的なほどに複雑だからね。
身体意識は、学習機能付きのコンピュータのように自己教育していける
藤田 日常生活を含め、圧倒的に無意識に行っていることばかりですね。
高岡 そうでしょう。クルマだったら、ハンドルを90度右に切ると、フロントタイヤに何度の舵角がつくってことが、全部説明できるし、全部意識できるよね。
それと同じようなことを、人間の身体で意識できるかというと、全然できないでしょ。
クラゴン 呼吸だって無意識ですし、食べ物だってどう消化・吸収しているのか、自分では意識していませんからね。
高岡 そうした顕在意識に上ってこない身体のコントロールは、潜在意識下の意識が全部押さえているんだよ。逆にいえば、潜在意識下の働きなら、すべて説明がつくわけだ。
そしてそこに成立している意識系を、身体意識と呼んでいるんだ。
- 潜在意識下に成立している意識系、それが"身体意識"だ
どんどん、どんどんそれが高まっていって、構造化していって、それが形、形状化していくことを私は発見し、学術的な名称をきちんとつけて発表してきたわけだ。
その代表が、センターや丹田であることは、もう皆さんもご存じのとおり。
まずセンターがあり、それが運動すればダイナミック・センターになるし、センターも一本の軸ではなく、細径軸、中径軸、大径軸の三層構造をしているとか、ベストや裏転子なども、すべて身体意識の構造なんだよ。
クラゴンのニュルでの活躍が、日本人ドライバーの評価を高めてきたのは間違いない
藤田 それにしても、名実ともにというか、これだけ本質的かつ、わかりやすい結果も出していて、ドイツのメディア、とくにニュルのVLNの公式Webサイトにまで、クラゴンの活躍ぶりが紹介されているのに、日本のレースメディアはまったくページを割こうとしないのは、一体全体どういうことなんでしょう?
クラゴン いまのところ、ボクのニュルでのレース活動の記事が読めるのは、自分のホームページと、この「究極の身体&究極の意識」サイトだけですから(笑)。
藤田 ドイツといえば、今年は7月になでしこジャパンが女子サッカーのワールドカップドイツ大会で優勝し、現地でも日本人アスリートへの注目が高まっていたので、8月のVLNでのクラゴンの活躍は、ドイツにおいて、なでしこジャパンに次ぐ、日本人アスリートの快挙だったはずなんですが……。
クラゴン なでしこジャパンに次ぐといわれましても、そのニュース性の1位と2位の間にものすごいギャップがありますが(笑)。
藤田 とはいえ、例のVLNの公式サイトの記事に象徴されているように、少なくともニュルのレース関係者、専門家筋に対して、これまでの日本人ドライバーの評価を、見直させるきっかけというか、鼻を明かせられたという意味で、祖国日本を愛するパトリオットの一人として、とっても誇らしく思いました。
高岡 なんだかんだで、モーターレーシングの本場はヨーロッパだろうから、これまで日本人ドライバーは一段低く見られてきたのは事実だろうね。でも、クラゴンのニュルでの一連のパフォーマンスが、そうした人々の鼻を明かして、日本人ドライバーの評価を高めてきたのは間違いないよ。
藤田 日本はモーターレーシングの後進国だったこともあり、どこかで本場ヨーロッパに対し、劣等感というか、かなわなくてもしょうがない、と思っているような節もあり、すぐに日本人歴代何位……なんて方向に流れがちなんですが、ワタシの中では「日本人ドライバーは、本場のドライバーに勝てないなんて誰が決めたんだ」という気持ちが強かったんです。
でも日本人ドライバーが、本場のドライバーに劣っているのは具体力だけであって、本質力なら取り組み方次第で、いくらでも勝負できるんですよね。
それを高岡先生とクラゴンが証明してくれたので、本当にうれしく思っています。
- 「高岡先生の理論とクラゴンのパフォーマンスによって、
日本人ドライバーでも本場で勝負できることが証明された」と藤田氏
日本人が民族としてヨーロッパ人に劣るなんてことは絶対にない
クラゴン よくドライビングテクニック論でも、「ヨーロッパスタイルは……」なんて記事があるんですが、ボクはまったく気にしたこともないですね。モーターレーシングにあるのは速いか遅いかだけですから、向こうのドライバーがボクの真似をすることはあっても、こちらが真似することはありません(笑)。
藤田 そういえば、クラゴンが面白いことを言っていたよね。
なんでもクラゴンのおじいちゃんが、第2次大戦中の飛行機乗りで、当時の日本人の戦闘機パイロットは世界最高レベルだったのだから、日本人が乗り物を操縦するスキルにおいて、外国人に劣る要素なんて一つもないっていう話だったかな?
クラゴン 正確には「日本人の戦闘機パイロットは世界最高レベルだったわけですから、日本人が乗り物競技でガイジンに合わせる必要はどこにもない」って言ったんです。
高岡 それは至極当然の話だよ。
おんなじことは、ちょうどスキーの世界にも当てはまるよね。モーターレーシングと同じようにヨーロッパが本場で、日本は後進国。そして同じぐらい選手が弱い(笑)。
だけど日本人が民族としてヨーロッパ人に劣るなんてことは絶対にない。
ただし、明治年間以降、日本人がどんどんどんどん衰えてきたのは事実だし、その結果、スキーにおいてもモーターレーシングにおいても、日本人が活躍できないでいる状況を作り出しているわけだ。
江戸時代まで武士から庶民レベルまで、世界最高峰の文化、身体世界を誇っていた日本人が、なぜこれだけ短期間に衰退、凋落してきてしまったかというと……。
第10回へつづく>>