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『究極の身体』を読む
身体の中心はどこにあるのか 【目次】

書籍連載 『究極の身体』を読む 身体の中心はどこにあるのか

  • 『究極の身体』を読む
    身体の中心はどこにあるのか
  • 運動科学総合研究所刊
    高岡英夫著
  • ※現在は、販売しておりません。
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    「究極の身体」を体感してほしい

第22回(2008.12.02 掲載)

4時間目 「背骨」を読む

みなさんは、背骨が全身のなかでどういう位置を占めているかご存知でしょうか? 本来ならば自分の内的な感覚、意識という意味での認識として感じられてもいいものなのですが、それが感じられないのがふつうの人の常ですから、まずは視覚的に人体骨格図を見てください。

人体骨格図を見てみると背骨についてすぐに次の点に気づくと思います。まずひとつは背骨の長さです。背骨は身長のおよそ1/2の長さがあります。ふたつ目は「脚は2本なのに背骨は1本なんだ」ということです。「そんなことはあたりまえじゃないか。わざわざ人体骨格図を見なくても知っている」と思われるかもしれませんが、この背骨と脚の数の違いは非常に重要なポイントなのです。そして次に背骨と脚の骨の本数ではなく、骨の数を比べてみてください。脚は大雑把にいって大腿骨と脛骨、足骨の3節棍から構成されています。一方、背骨はパッと見では数えきれないほど細かく分かれた骨がつながっています。

  • 人体骨格図
  • 人体骨格図
  • 背骨は1本なのに、脚が2本あるのは?

ではなぜ背骨はこういう構造をしているのでしょう? じつはこの問題を真剣に探っていくと、人間の機能としての本質が浮かび上がってくるのです。

背骨が一本で、しかもたくさんの節から構成されているのには、大きな決定的な理由があるのです。それは人類がそのむかし魚だったことです。魚の身体はご存知のとおり流線形・紡錘形をしております。鯖やカツオの身体を思い出してみてください。背骨の数は何本ですか? 1本ですよね。でももしその1本の背骨が節のない1本の棒のような骨だったとしたらどうでしょう。おそらくあの大海原を泳ぎ回ることなく、波や潮に流されるだけで一生を終えてしまう存在だったことでしょう。つまり背骨が1本の棒の状態だったら、魚は泳げなかったということです。

しかし現実の魚たちは、生きるために激烈な運動を行っています。そして捕食行動や生殖行動、あるいは逃避行動などのさまざまな行動を起こすのです。そのための器官こそじつは背骨だったのです。カツオやマグロなどはあの大海原を何千km、何万kmも回遊していますが、そういう運動のまさにメインとなる運動機関が背骨なのです。

でも人間の背骨にはそのような実感はないと思います。ではなぜ人類の場合、背骨を主たる運動機関として捉えることが難しいのでしょう。それは人間には2本の立派な脚があるからです。この脚を主たる運動機関として利用してきた経験が長いために、背骨が運動機関という認識が生まれないのです。

ところが人類のルーツである魚類の場合、背骨だけが運動機関なのです。魚にはヒレというものがありますが、ヒレは背骨という運動機関から生まれたエネルギーを上手に伝達したり、バランスを取ったり、方向転換時に舵として利用するための存在です。それをクルマにたとえるなら、背骨がエンジンで、伝達機関であるヒレはせいぜいハンドルかタイヤといったところでしょうか。

一方、人間の伝達機関はというとまず先ほどから話に出ている脚、それから腕という実感、経験、認識しかないと思います。ここに進化論上(生物としての形態状の進化も含め)の運動体としての運動進化論を措定して、議論を進めていく必然性が生まれてくるのです。これがもし背骨が進化論的に運動機関でなければ、体幹部は剛体に近い“箱”と決めつけることができたでしょう。そしてもし体幹部がロボットのようなひとつの剛体として考えられるのなら、その剛体の重心とそこから発生している重心落下線、そして2本の脚から生まれる支持点が交錯する関係、つまり私のフルクラムシフト理論の議論だけで原理的には解いていくことができるはずです。しかし、魚たちがあの大海原を猛烈な勢いで泳ぎまわる主たる運動機関は間違いなく背骨だったのです。

さて、そうした進化論上の事実がある背骨の運動を考えていくうえで、どうしても必要になるのが身体座標空間です。この身体座標空間というものは私が恣意的に作ったものではなく、地球上に存在して移動運動する生物、さらには機械などから必然的に存在しているものなのです。ここでは身体座標空間というものがあるということを前提に話を進めていきましょう(身体座標空間は、下の図のようにX軸、Y軸、Z軸という三次元の座標空間から成立しています)。

  • 身体座標空間
  • 身体座標空間

「三次元のズレ」がテニスのトップ・スピンを可能にする

原著『究極の身体』ではテニスの例で語っているので、ここでもテニスのスイングから背骨の運動を見ていきましょう。

一般的にテニスのスイングということになると、Y軸を中心にした軸回転運動を思い浮かべたり、実際に行ったりしているはずです。でもそうした運動だと、極論すれば体幹部が“箱”であってもできることになります。しかしわれわれ人類は、あの魚類の背骨をそのまま受け継いでいるのですから、魚が猛烈な動きをするときと同じように、背骨や肋骨も猛烈に複雑な運動ができるはずで、その複雑な運動を使ってテニスのスイングを行うと、世界のトップ・プレーヤーだけが使いこなしている、あのトップ・スピンになるのです。

休日に仲間内でテニスを楽しんでいる市民プレーヤーのスイングだと、Y軸を中心にした軸回転運動でボールに対してラケットを平行移動させるような打ち方をしている場合が多いと思いますが、トップ・スピンというのはボールの軌道に対しラケットの面の移重軌道が交差していくような打ち方になります。その結果、ボールにはスピンがかかり、ボールが上がった角度に対しより急角度に落ちるという成分を持ちます。つまりそのことによって、より強い水平方向の速度を与えることができるというメリットがあるのです。というのも、テニスのコートにはネットが張ってあるので、通常の打ち方であまり速い球を打つとボールが水平運動を起こしている時間が長くなり、相手コートのはるか外まで飛んでいってしまうからです。そのために、ある程度以上の速い球を打つときには、どうしてもボールにドロップ運動を起こすようなスピン成分をかけていく必要性があるのです。

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