書籍連載 『究極の身体』を読む 身体の中心はどこにあるのか
- 『究極の身体』を読む
身体の中心はどこにあるのか - 運動科学総合研究所刊
高岡英夫著 - ※現在は、販売しておりません。
- 高岡英夫自身の講義を実況中継!
より詳しく、より深くスリリングに
「究極の身体」を体感してほしい
第14回(2008.10.07 掲載)
上半身の組織分化
脚に続いて今度は上半身の分化というのを見ていきましょう。イラスト①は肋骨とその上に覆い被さっている鎖骨・肩関節・肩甲骨を分離させて描いたものです。このイラストを見ると肋骨が上に向かって紡錘形になっているのが本当によく分かると思います。しかし、みなさんの胸部付近のイメージはどうでしょう? よほど太ってお腹が出ている人は別として、この紡錘形の肋骨とは反対にどちらかというと肩からお腹にかけていわゆる逆等脚台形もしくは長方形という印象ではないでしょうか。したがって人の上半身を簡略化して描いてもらうと、イラスト②のように胴体部分を長方形、もしくは等脚台形をひっくり返した形に書くのが一般的で、イラスト③のように三角形の頂点から手を伸ばしたイラストを描く子供がいたら、まわりの大人が心配してしまうかもしれません。
ところが本当の体幹部、つまり脊椎と脊椎に直結した肋骨でできあがった体幹部の形状はイラストのようなしっかりした紡錘形をしているのです。そしてその上に肩甲骨、鎖骨、肩関節といった骨と、そのまわりのたくさんの筋肉が載っかっています。たとえば肩こりなどで知られる僧帽筋や大胸筋、広背筋、肩甲挙筋、大円筋、三角筋などがその代表的な筋肉ですが、これらのじつに多くの筋肉が渾然一体となって肋骨にへばりついていて、肋骨が紡錘形をしていることを忘れさせてしまうぐらい大きな上半身の構造になっているのです。
じつはこの部分も〝究極の身体〟とレギュラーの身体とで大きな違いが現れるところなのです。〝究極の身体〟に近づいてくると肋骨(肋体)とその上に載っている部位(肩包体)が組織分化されてきて、肋体と肩包体が分かれて感じられるようになってきます。だから実感としても胸部にスーッと上が細くなった紡錘形のなにか(=肋骨)があって、その上に柔らかくてフニャフニャの空気の層のようなものがあって、さらにその上に鎖骨や肩甲骨などの骨がパラパラ~と浮いているという感じになるのです。
これはかなり〝究極の身体〟に近づいている人の印象ですが、もう少し手前の人だと「肋骨は硬いなぁ。その上になにかグニャグニャした柔らかい部分があって、その上にまた硬いものが浮いている」というような実感になると思います。この「なにかグニャグニャした部分」というのはまさに筋肉が骨から分化した部分で、より〝究極の身体〟に近づいてくると、肋体の上に肩包体がフローティングしていて、そのあいだ(の筋肉層)にまるで風が吹き抜けているようなフィーリングが生まれてきます。
なお、この肋骨周辺とその上に載っている部位には、従来学術的な名称がありませんでした。そこで私はこの部位を「肋体」「肩包体」とネーミングし、そのように呼ぶことにしたのです。
その肩包体の働きについては、肋体と肩包体が分離している代表的な選手である大リーグのイチローを例に挙げて語っていきましょう。彼がバッターボックスに入ってバットを構えたとき、肩甲骨が肋骨から浮かび上がって動いているシーンがよく見られます。ご覧になったことがない方は、ぜひ一度イチローの肩包体に注目してTV中継などを見てください。あれこそ肩包体が肋体から分離してきた人の特徴的な動きです。
イチローのバッティングシーンを思い浮かべてください。彼のスイングでは体幹部=肋体が回っていってしまっても、肩包体は回り始めず元の位置に残っていて、肋体の回転からだいぶ遅れて腕と一緒に肩包体が回り始めます。一方でアウトサイドの低めのボールを投げられたときには、体幹部は屈めずに肩包体だけが肋骨からズルリと前方にずれることで、届きにくい球にもバットを届かせてしまいます。イチローは左バッターですので、体幹全体を前に屈めて無理にアウトサイド低めのボールに手を出すと、一塁に向かって走り出すのが遅くなります。ご存知のとおり彼は内野安打でヒットを稼ぐ選手なので、いかに体幹部を一塁側に残すかというのが重要なテーマになっているはずです。
このイチローのバッティングをみなさん自身の両手を使ってシミュレーションしてみましょう。まず左手で握りこぶしを作ってその人差し指の第一関節を頂点にして、その上に右手の掌を被せます。つまりこぶしを作った左手が肋体で右手が肩包体だと思ってください。そしてこの左手と右手がぴたっと張りついて動かない状態、これがレギュラーの身体の体幹部です。次に右の掌で左のこぶしを撫でてみてください。肩包体と肋体が分離・分化してくると、体幹部がちょうどこのような感じになってきます。
このシミュレーションでイチローのバッティングを再現してみると、まず左手のこぶしだけが回転し、あとから遅れて右掌が回ります。またアウトコース低めの球には右手だけが前にずれ落ちて対応します。同じことを今度は左手と右手を密着させたままやってみましょう。右手と左手がくっついていると左手=体幹部を回そうとすると必然的に右手=肩や腕も回転してしまいます。また右手の指先=腕を前に伸ばそうとすると左手=体幹部もいっしょに傾いてしまいますね。
まさにこのような違いが〝究極の身体〟とレギュラーの身体の体幹部のなかに存在しているのです。
またこれは余談になりますが、チーターなどの四足動物はイチローよりももっともっと肩包体が発達しています。チーターなどの疾走シーンを目の当たりにすると、肋体から肩包体がボコッと離れてしまっているのがよく分かります。原著のチーターの写真などをじっくりと見てみてください。