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高岡英夫の対談
「トップアスリートを斬る」

【文中で紹介された本】

第2回 高岡英夫の対談「トップアスリートを斬る」

  • 高岡英夫
  • 高岡英夫[語り手]
  • 運動科学者。「ゆる」開発者。現在、運動科学総合研究所所長、NPO法人日本ゆる協会理事長・推進委員。東京大学、同大学院教育学研究科卒。東大大学院時代に西洋科学と東洋哲学を統合した「運動科学」を創始し、オリンピック選手、芸術家などを指導しながら、年齢・性別を問わず幅広い人々の身体・脳機能を高める「ゆる体操」「ゆる呼吸法」「ゆるウォーク」「ゆるスキー」「歌ゆる」を開発。一流スポーツ選手から主婦・高齢者や運動嫌いの人まで、多くの人々に支持されている。大学・病院・企業などの研究機関と共同研究を進める一方、地方公共団体の健康増進計画での運動療法責任者も務める。ビデオ、DVD多数、著書は80冊を越える。
  • 松井浩
  • 松井浩[聞き手]
  • 早稲田大学第一文学部在学中から、フリーライターとして仕事を始め、1986年から3年間「週刊文春」記者。その後「Number」で連載を始めたのをきっかけに取材対象をスポーツ中心にする。テーマは「天才スポーツ選手とは、どんな人たちか」。著書は「高岡英夫は語る すべてはゆるむこと」(小学館文庫)「打撃の神様 榎本喜八伝」(講談社)等。高岡英夫との共著に「サッカー世界一になりたい人だけが読む本」「ワールドクラスになるためのサッカートレーニング」「サッカー日本代表が世界を制する日」(いずれもメディアファクトリー)、「インコースを打て」(講談社)等がある。

第2回 室伏広治(2)(08.07.13 掲載)

――前回のお話では、室伏は、「割体」という究極の身体づかいができるということでした。では、その「割体」は、ハンマー投げにどのように関係しているのですか。

※「割体」とは、「センター」に沿って右半身と左半身をずらし合うという身体操作をいう。『究極の身体』(講談社)の第5章「身体分化・各論[割体]」(208ページ~)で詳しく解説しています。

高岡 ハンマー投げって、サークルの中で4回転して投げますよね。で、その回転のスピードが速ければ速いほど、ハンマーを投げた時の初速が上がって遠くまで飛んでいく。室伏は、この回転スピードを上げるため、割体を実にうまく使っているんです。

 回転運動を加速させる局面では軸回りに必ず2つのズレ合うパーツが必要なのですが、下半身では2つのパーツとして左右の脚が使われます。これは誰でもできることで特別なことではありません。しかし両脚のズレエネルギーを使い切ってしまうほどパフォーマンスが高くなった選手は、いよいよ体幹を2つ、あるいは3つのパーツに分化させてそこにズレ運動を起こさせて、加速のエネルギーを発生させる努力をするんです。それが背骨をはさんだ左右の2つの体と背骨の3つのパーツの間で起こる現象を「割体」というのです。

 室伏は、こうした割体による回転加速を20~30%程度使えるようになってきていると、私は見ています。

――ということは、割体を使い始めているということ自体がすごいことであると同時に、まだ70~80%も開発の余地が残っているということでもあるんですね。

高岡 そういうことです。歴史的に見ると、江戸時代の剣聖といわれる人々はおそらく割体という能力を、現在のオリンピックのトップ選手と比べてより広く深く体現していたと考えられますから、究極の身体的に見れば室伏もまだまだ発展途上にあると見ることが必要です。

 室伏については、背骨回りの割体の他に、回転加速のために片足局面での足使いに注目すべきです。特に、現在右足の足使いがよくなってきていますね。

――確かに、室伏は、アテネ五輪後、自分の課題について、片足を地面に着けている時、いかに回転スピードを上げるかだと話してました。 ハンマー投げでは、従来、両足接地の局面で加速できても、片足接地の局面では加速できないというのが常識だったそうです。それに対して、室伏は、片足接地の時にも加速できないかと思って取り組んだ。現実には、片足局面でのロスをできる限り少なくし、減速を抑えることで加速しているという感覚が得られるということだと話しています。

究極の身体づかいでは、カカトで地面を押す

高岡 そのためのトレーニングが、ある程度うまくいったんでしょうね。何といっても、右の足裏の使い方が進化してきましたからね。

――ハンマー投げでは、まず、投げる方向に背を向けて立って、ハンマーを大きく2,3回グルン、グルンと振り回します。それから右足に体重を乗せて、左足を後ろにずらし、左足を軸としながら回転していきます。

高岡 まさに、その右足に体重が乗っていき抜けていく局面だよね。その局面で、右足のカカトの外側で強力に地面をプッシュし始めて、そこから今度は拇趾球の方へ滑らかに移行していく。そこのプロセスが、なかなかいいんです。

――カカトがしっかり使えることも、究極の身体づかいですね。回転するといえば、一般の人は、足先を使ってプッシュするのかなと思うでしょうね。

※「足」の究極の使い方とは、足の構造通りに動くこと。具体的には、『究極の身体』(講談社)第5章「身体分化・各論[足]」(139ページ~)で詳しく解説しています。

高岡 そうでしょうね。ところが、究極の身体づかいでは、カカトで地面を強力に押すんですよ。しかも、できるだけ長い時間押す。カカトで長く押すと、それだけより大きな運動量を生み出すことができるということです。ただ、「長い時間」といってもコンマ以下なんだよね。コンマ以下で、できるだけ長く押す。

――室伏の回転を一般の人が見ると、右足に体重が乗るのは一瞬の出来事に見えるわけですが、オリンピックというのは、その一瞬における究極の身体づかいの差が勝負を分けるのですね。こういうことを知識として頭に入れておけば、普通の人とはオリンピックを見る視点が全く違ってきますね。

カカトで大きな運動量を生み、足先でそれを加速させる

高岡 もちろんです。こういう見方のできる人は、今のところだけど、少ないですからね。でも、カカトを使うことの正しさは、解剖学的にもきちんと解明できているんです。

 足の構造を見てもらうと、カカトの骨というのは一個ですごく太いでしょ。一個ですごく太くて、しかも短いものというのは、より強い力を出すことができるわけです。一方、足先の方を見ると、細い骨が5本で、ちょうど扇を広げたような形になっている。こういう構造は、物理学的に強い力が出せないんですよ。その代わり、足先では速いスピードが出せる。ですから、カカトで強大な力を出しておいて、勢いに乗って足先を使ってスピードを上げていく。究極の身体づかいというのは、カカトに尽きます。カカトが使えれば、自然に足先もうまく使えるようになっていくわけですから。

――女性に多い外反母趾というのは、その足先の部分にかけてはいけない力がかかり続けた結果として起きるわけでしょ。それだけ足先は、体重がかかると弱いわけですね。足の構造から説明してもらえば、本当によくわかります。

 実際に、右足のカカトで地面を押してから拇指球に移行していくと、実際スッと身体全体がゆるみますね。

高岡 強烈な力強さとスッと抜ける加速感の差が大きければ大きいほど、究極の身体使いに近いということですよ。

現在は究極の身体づかいが公開されている

――たとえば、室伏が北京五輪で金メダルに輝けば、多くの子供たちが室伏の真似をするでしょうね。その中の一人でも、二人でも、究極の身体づかいを身につければ、また世界で活躍する選手が生まれるということですよね。だけど、これまでは、室伏がどんな身体の使い方をしているか、誰にもはっきりとは分からなかった。それが、今は『究極の身体』という本でバッチリ公開されているということですね。

高岡 まさに、そういうことですね。

――私は、もともと、「天才アスリートとは、どういう人なんだろう」というところに興味があって、高岡先生の理論を勉強したのですが、世界のトップレベルに話を聞いても、本当にその通りなんですね。しかも、知識だけならこっちの方が多いですから、天才アスリートと呼ばれる人たちからも、「なぜ、わかるの?」と驚かれたり、「話を聞かせてください」と言われたことが何度もあります。もちろん「言うは易し、行うは難し」で、それを極めるのは大変ですけど。

高岡 つまり、草の根レベルから日本のトップ選手たちにとって、世界のトップ選手というのは雲の上の存在で不連続だったのが、その間に筋道がついたということだよね。

 で、松井君が、室伏の足裏の使い方を真似して全身がゆるんできましたというのは、非常に貴重な体験で、室伏は、右足を究極的に使いながら、もっともっと深くゆるんでいくんですよ。

――7kg以上もある重い球を振り回して回転スピードをあげながら、なおかつ、ゆるんでいくんですね。すごいですね。

北京五輪での室伏はセンター、割体、ずらし回しに注目してほしい

高岡 それで、室伏は回転しながら深くゆるむことができるから、割体もつかえるわけです。つまり、室伏はあんなに筋肉ムキムキに見えて、実は身体をゆるめることでずらしながら回転している。

 回転というと、独楽のように軸を中心にクルクル回るというイメージを持つ人が多いでしょうが、そんなに単純なものではないんですよ。

――室伏は、アテネ五輪後、体調自体はあまりよくなかったんですけどね。

高岡 年齢も今年34歳で、腰を痛めたりもしているんでしょ。体力的にはボロボロで、引退をしてもいいぐらいの選手なんですが、それがオリンピックで金メダル候補というのは、身体意識のセンターが非常によくなっているということと、ゆるめることでムダな力みを消しているということだね。無駄な力みがあればあるほど、身体は衰えていきますから。しかも、課題として取り組んだ片足の中で回転力をあげるということができ始めている。そこが素晴らしいですね。

――北京五輪での室伏は、まず、競技場に入ってきた時のセンター、そして、試技に入ると「割体」、「身体のずらし回し」と、すべてを根本から支えている全身の「ゆるみ」に注目してほしいですね。「足裏」の使い方は見ていてもわからないでしょうから、その真似をして雰囲気だけでも味わってもらうといいと思います。

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