ホーム > 第33回 高岡英夫の対談「トップアスリートを斬る」 WBC特集 侍ジャパン編

高岡英夫の対談
「トップアスリートを斬る」

【文中で紹介された本】

高岡英夫の対談「トップアスリートを斬る」WBC特集

  • 高岡英夫
  • 高岡英夫[語り手]
  • 運動科学者。「ゆる」開発者。現在、運動科学総合研究所所長、NPO法人日本ゆる協会理事長・推進委員。東京大学、同大学院教育学研究科卒。東大大学院時代に西洋科学と東洋哲学を統合した「運動科学」を創始し、オリンピック選手、芸術家などを指導しながら、年齢・性別を問わず幅広い人々の身体・脳機能を高める「ゆる体操」「ゆる呼吸法」「ゆるウォーク」「ゆるスキー」「歌ゆる」を開発。一流スポーツ選手から主婦・高齢者や運動嫌いの人まで、多くの人々に支持されている。大学・病院・企業などの研究機関と共同研究を進める一方、地方公共団体の健康増進計画での運動療法責任者も務める。ビデオ、DVD多数、著書は80冊を越える。
  • 松井浩
  • 松井浩[聞き手]
  • 早稲田大学第一文学部在学中から、フリーライターとして仕事を始め、1986年から3年間「週刊文春」記者。その後「Number」で連載を始めたのをきっかけに取材対象をスポーツ中心にする。テーマは「天才スポーツ選手とは、どんな人たちか」。著書は「高岡英夫は語る すべてはゆるむこと」(小学館文庫)「打撃の神様 榎本喜八伝」(講談社)等。高岡英夫との共著に「サッカー世界一になりたい人だけが読む本」「ワールドクラスになるためのサッカートレーニング」「サッカー日本代表が世界を制する日」(いずれもメディアファクトリー)、「インコースを打て」(講談社)等がある。

第33回 イチロー(4)(2009.06.19 掲載)

――前回のお話では、262本のシーズン最多安打をマークした'04年に比べ、'06年3月の第1回WBCでは少し身体が硬くなり、身体意識の根幹中の根幹である第3軸も弱くなっていたけれども、一時的に形成された中丹田(情の源)で何とかチームを引っ張ったということでした。

※「身体意識」とは、高岡が発見した身体に形成される潜在意識のことであり、視聴覚的意識に対する「体性感覚的意識」の学術的省略表現である。『センター・体軸・正中線』(ベースボール・マガジン社)のはじめに(1ページ~)、序章(17ページ~)や『身体意識を鍛える』(青春出版社)の第2章「達人たちの〝身体づかい〟7つの極意を知る」(45ページ~)で詳しく解説しています。

高岡 その'06年のWBCでは、'04年の大きな特徴だった肩包面も衰えていました。詳しく見ると、凸鏡のような一枚の大きな面がなくなって、右脇から左肩へ抜けるのが一枚残っている状態でした。一方の左側は、肩関節と肩甲骨の間に肩包面といえない程度のものが通っているだけでした。当時の写真を見ても、イチロー得意のバットを右手で立てて左手で肩に触れる動作に、それがよくでています。全身的な外観でいえば、以前より上半身の力みが増して肩包体と肋体の分化があいまいになってきているにもかかわらず、体の右側が相対的にずり落っこちているんです。これは最悪ではないが、良い状態ではないです。

※「肩包面」とは、肩包体と肋体の間に成立する曲面状の身体意識。『上丹田・中丹田・下丹田』(ベースボール・マガジン社)の第4章「肩包体」(161ページ~)で詳しく解説しています。

――身体が硬くなってくると、肩包面のような高度な部分には、その影響がたちまちのうちに現れますね。では、いよいよ問題の今年3月、第2回WBCのイチローについてです。

今年のWBCのイチローは、'94年の鮮烈デビュー以来、身体意識が最悪だった

高岡 松井君は直接その目で見たのですから、言いたいことがあるでしょう。

――直接球場で見ましたが、パッと見て「センター」がない。それに動きを見ても、「裏転子」がかなり効いていなかったですね。'94年に彗星のごとく現れてから、これほど身体意識のひどい状態のイチローを見るのは初めてでした。特に「裏転子」については、当時、イチロー自身が「もも裏が張っているかどうかが、調子のバロメーター」と発言していました。その頃日本のスポーツ界で、もも裏の大切さについて語っていたのは、イチローと高岡先生くらいで、「あのイチローと同じことを言っている高岡先生とはどんな人なのか」と、私が高岡先生に取材をお願いするきっかけにもなりました。そのイチローのもも裏が、かなり使えていない。イチローがかなり使えないというのは、大変なことですからね。本当に「イチロー君、どうしちゃったの?」と驚きました。

※「裏転子」とは、お尻の下半分からハムストリングス(もも裏の筋肉)の上半分にかけてできる帯状の身体意識。『身体意識を鍛える』(青春出版社)第2章「達人たちの“身体づかい”7つの極意を知る」の「アイテム6裏転子(107ページ~)」や『サッカー世界一になりたい人だけが読む本』第4章「ゆるゆるにゆるんだ体に、1本の筋を通す」の「もも裏をしっかり使えるようにする「裏転子」(164ページ~)で詳しく解説しています。

高岡 松井君と初めて会ったのは、'95年のことでしたね。あれから13年以上になりますが、今回の松井君の観察は、非常に重要な証言になりますね。まず、イチローのもも裏についてお話すると、'04年は、裏転子が腿の中を貫通して前側へ抜けるほど強く形成されていました。裏転子というのは、この年のイチローのように、ある長さにわたって縦にシャープに通って、かつ、前へ向かう強い流れをもつ身体意識でなければいけないんです。それが、'06年のWBCの時は、まだ前後の流れはあるんですけど、ボヤけていました。そして、今年のWBCは、お尻と腿の境目あたりに、非常に強い固まり状のものができているだけです。強いんだけど、幅が広くてボヤけているんですよ。それ以外は、もうウニャウニャウニャという状態で、かつてのレベルの素晴しい裏転子から見れば、ないも同然です。

――やはり、そうですよね。センターは、もう「えっー!」ですよね。

センターがなくて、一流選手にはあり得ない拘束外腿という悪い身体意識まで形成されていた

高岡 センターは、全然ですね。

――インターネットでも映像が見られるので、興味のある方はご覧になればいいと思うのですが、’04年と今回のWBCのイチローを見比べると、’04年のイチローの方が、はるかに背がスラーッと高く見えますね。

高岡 まさにそうでしたね。今年のWBCは、寸詰まりのカチコチおじさんみたいになっていました。

――技術的にも、今回のWBCではテイクバックでバットを引くと、それと共に腰がホームベースから離れていました。’04年はバットを引いても体はブレないですし、打ちに行くと体全体が軸移動するようにホームベースに近づいていきましたね。

高岡 今回のWBCでは、センターや裏転子というレベル以前の問題で、一流選手には見られない「拘束外腿」ですね。腰から太ももの外側にできる、悪い方の身体意識がガシッとできていたんです。それが両肩にもできているので、思うように動けないし、いちいち踏ん張ってしまう。まったく可愛相な状態でしたよ。1次ラウンド、2次ラウンドのイチローの身体意識を見て、どのくらいの選手なんですかと聞かれれば、はっきり言ってプロ野球の選手は無理といえるほどでしたね。

――あぁー。でも、WBCも若い選手たちが気の毒に思うくらいでしたからね。あの状態のイチローなら、日本のプロ野球でも通用しないでしょうね。

高岡 そういえば、1次ラウンドでしたが、テレビの実況などで「ファインプレー」と騒いだことがあったじゃないですか。あのプレーは、調子のいい時のイチローだったら、ファインプレーでもなんでもなく、ただあっさりとキャッチしてそれで終わりの何でもないプレーですよ。ところが、あのときには、非常にアンバランスで危なく見えた。その危なげな状態のまま捕ったから、多くの人が喜んでしまったということですね。結局、プロ野球の選手が務まらないレベルの身体意識だったからこそ、あの不振だったのです。身体意識でみれば、あれはイチローではないわけです。

――ただし、メジャーリーグのシーズンが始まって、特に5月以降はけっこう活躍しています。ということは、WBCの頃には特別に落ち込んでいたということですか。

高岡 現在のイチローについて、まだ詳しく分析していないのですが、WBCの頃に特に身体意識が格別に低かったということはいえますね。たとえば、長く4月から9月、10月までのシーズンに合わせた生活を送ってきた野球選手たちが、3月に短期決戦の世界戦をするということになじめないということもあるでしょう。身体意識という側面から見ても、そこまで高水準で作りきれないということです。

――現実に、WBCに出た選手の多くが、シーズンに入って活躍できてないし、故障に苦しんでいます。極端なことをいえば、身体意識は、1日の中でも変わりますよね。かつてメジャーリーグでホームラン王争いをしたマグアイアが、当時、球場についてストレッチを始めてから、対戦する投手のビデオを見て気持ちを高めるまで4時間かけてホームラン打者マグワイアに変化していくと語ってました。その間に、ホームラン打者としての身体意識を形成していくわけでしょう。

衰えの兆候が見え始めたイチローは、今こそ専門的なゆるトレーニングに真剣に取り組むべき

高岡 まさに、そうですね。反対にいえば、試合が終わると、ある選手は飲んじゃって、その身体意識が雲散霧消するような状態になってしまうわけです。それが、競技選手の特徴でもありますね。これは極論ですが、試合の瞬間が良ければよいわけですから。お笑い芸人が、家では全く笑わないというケースも、それに近いでしょうね。

――そういう意味でいえば、シーズン中のイチローの身体意識についても、改めて高岡先生に分析して頂く必要があると思いますが、それにしても、日本のプロでも活躍できないほどひどい状態になっていたWBCのイチローは、やはり衰えてきているといっていいわけですね。

高岡 そうですね。衰えという兆候が、はっきりと見えるようになったということですね。今回のWBCを見て思うのは、イチローにしても、ゆるんだ身体を高水準で維持していくことは難しいということです。イチローは、これまで非常にうまく身体をゆるめるトレーニングをしてきました。他の選手と比べても、そのうまいトレーニングのお陰で持って生まれた才能に比して優れたパフォーマンスを発揮してきました。

 ところが、彼も、今年で36歳でしょう。生物学的に見ても、そろそろ本格的に固まる年齢になってきた。そうなると、若い頃のような高い水準のトレーニングを維持していくことは難しいんですよ。最近、ゆるめるトレーニングをやらなくなったわけではなくて、質と量が下がってきたんじゃないかと思うんです。というのは、加齢によって衰えてきた時に、前と同じ方法、前と同じ努力でやっても通用しないからです。ハッキリと負け戦になってしまうんです。もしイチローがこのサイトを読む機会があれば、そこをよく理解してほしいと思いますね。今後も長くメジャーリーグでプレーして、これまで以上に活躍しようと思えば、もっともっと質的に高い専門的なゆるトレーニングに取り組む時期に来ていると思います。

▲このページの先頭に戻る