ホーム > 第25回 高岡英夫の対談「トップアスリートを斬る」 WBC特集 侍ジャパン編

高岡英夫の対談
「トップアスリートを斬る」

【文中で紹介された本】

高岡英夫の対談「トップアスリートを斬る」WBC特集

  • 高岡英夫
  • 高岡英夫[語り手]
  • 運動科学者。「ゆる」開発者。現在、運動科学総合研究所所長、NPO法人日本ゆる協会理事長・推進委員。東京大学、同大学院教育学研究科卒。東大大学院時代に西洋科学と東洋哲学を統合した「運動科学」を創始し、オリンピック選手、芸術家などを指導しながら、年齢・性別を問わず幅広い人々の身体・脳機能を高める「ゆる体操」「ゆる呼吸法」「ゆるウォーク」「ゆるスキー」「歌ゆる」を開発。一流スポーツ選手から主婦・高齢者や運動嫌いの人まで、多くの人々に支持されている。大学・病院・企業などの研究機関と共同研究を進める一方、地方公共団体の健康増進計画での運動療法責任者も務める。ビデオ、DVD多数、著書は80冊を越える。
  • 松井浩
  • 松井浩[聞き手]
  • 早稲田大学第一文学部在学中から、フリーライターとして仕事を始め、1986年から3年間「週刊文春」記者。その後「Number」で連載を始めたのをきっかけに取材対象をスポーツ中心にする。テーマは「天才スポーツ選手とは、どんな人たちか」。著書は「高岡英夫は語る すべてはゆるむこと」(小学館文庫)「打撃の神様 榎本喜八伝」(講談社)等。高岡英夫との共著に「サッカー世界一になりたい人だけが読む本」「ワールドクラスになるためのサッカートレーニング」「サッカー日本代表が世界を制する日」(いずれもメディアファクトリー)、「インコースを打て」(講談社)等がある。

第25回 岩隈久志(3)(2009.04.28 掲載)

――前回までのお話では、岩隈は、WBCの大会中にセンター系の身体意識を猛烈に発達させ、日本の精神的な支柱になったということでしたが、もともと、岩隈というピッチャーはセンターの基本である第3軸の発達した投手だと思います。若くして近鉄バッファローズの主力投手になりましたし、その後は3年間は故障もあってほぼ棒に振ってしまいましたが、昨年は復帰して21勝(4敗)を挙げました。

高岡 私自身は、岩隈のことをあまり知らなかったんですけど、最近のプロ野球で21勝は大変なことですね。

――21勝を挙げたのは、23年ぶりの快挙でした。しかも、所属チームが楽天ですからね。チームの勝利数が65勝だったので、ほぼ3分の1を一人で稼いだ計算になります。

岩隈のWBCでの大活躍ぶりは、人間として生きるうえでの希望である

高岡 日本のプロ野球レベルで、それぐらい活躍するということは、当然センターがかなり発達していないとできないわけです。だから、もともと岩隈はセンター系の身体意識が発達していて、前回も話したように、WBCの大会中、さらにセンター系が育っていったということですよ。チームの精神的支柱となる人がなかなか出てこなくて、じゃあ、そのまま負けてもいいのか、いや、どうしても勝たなきゃいけないという非常に厳しい状況の中で、暗黙のうちに「誰かが中心にならなきゃいけないだろう」とメンバー一人一人に究極的な課題が与えられた結果、岩隈のセンター系の身体意識が発達して、日本チームの精神的支柱にまでなったということですよ。これも、人間の面白いところで、2週間、3週間という短期間でも、本当に世界一の投手、なくてはならない存在にまで急成長するということですよ。

――北京五輪でいえば、ソフトボールの上野由岐子投手がそうでしたね。大会中に急成長して、日本では、平泳ぎの北島康介と並び称される存在になりましたものね。

高岡 そうでしたよね。そこが、五輪やWBCといった大きな大会の見所であり、人間存在というものの希望ですよね。人間は、その人にふさわしい、もっと言えば、どうしても克服しなければならないような課題をつきつけられることによって、大きく成長することがあるということですね。

――試練は、人間を育てますよね。

高岡 教育論や人材開発論で考えたって、試練は必要ですよね。昔から、「獅子は、我が子を千尋の谷に突き落とす」とか、「可愛い子には旅をさせろ」ということわざがあります。旅といっても、今のような安全な旅じゃないですからね。生きて帰って来られない可能性のある旅なわけで。

――私の世代ですと、「獅子は、我が子を千尋の谷に突き落とす」というのは、アニメの『巨人の星』によく出てきました。

試練の中で急成長した岩隈を直接支えたのが第4軸だった

高岡 今回、岩隈は、国を代表して戦うという崖っぷちに立たされた。そういう試練の中で、あれだけの身体意識を発達させてチーム全体の精神的な支柱になっていった。人間の能力開発の面から見ても、好例になりますよね。どんな人も、生きる現実の中で試練を求められれば、岩隈のように急成長する可能性があるということですよ。現在のような大不況の中でも、それを試練として立ち向かっていけば、いくらでも可能性が広がるということでしょう。そして、そういう状況で精神面を直接的に支えるのが、第3軸に支えられた第4軸です。身体意識の観点から見ると、単に岩隈がカッコイイというだけではなく、人間が生きる上でのお手本として捉えることもできますね。

――そういうことが、昔から言い伝えられている表現でいえば、「試練の中でも背筋をピンと伸ばし、毅然とした態度で立ち向かう」ということになりますね。その場合の「背筋を伸ばして毅然とした態度」という中身をしぼっていえば、「第4軸が通る」ということですね。

高岡 その通りです、もちろん常にその大前提としての第3軸が必須不可欠なことは決して忘れてはいけませんけどね。いずれにせよ、身体意識は、身体と精神の両方をコントロールするもので、身体のコントロールについては、すでにオリンピックや世界選手権でメダルを獲得した選手で、かつ、言葉で話せる人にも、多くの証言を得ているわけですが、一方、身体意識は精神面をコントロールするというところも、今回の岩隈の話をきっかけに知って頂ければと思います。

――それから、岩隈は、投手として非常に頭のいい人なんですが、やはり、頭のキレの源である「上丹田」も発達していますか。

岩隈の上丹田の発達ぶりは、諸葛亮孔明を偲ばせるものがある

高岡 発達していますね。岩隈は、センターと上丹田、中丹田(情の源)、下丹田(肚がすわるの源)のどれもが揃っています。身体意識で最重要なセンターと3丹田が揃っているので、上丹田も発達しています。

――岩隈はインタビューすると、どちらかといえば、ボソボソ話して「頭がキレるなあ」という印象はないのですが、試合や打者への対応能力はずば抜けています。たとえば、負けたら終わりという戦いになった2次ラウンドのキューバ戦で、球場全体に濃霧が発生してホームベースから外野手もはっきり見えないという状態になりました。すると、岩隈は打球がフライになると捕球が難しいのでゴロを打たそうと考え、実際に6回まで18アウトのうち15個も内野ゴロに打ち取りました。

高岡 そうなの。そこが、見事ですよね。まさに、それがセンターに支えられた上丹田の作用ですよ。上丹田というのは、私の研究では大脳前頭前野にできる潜在意識の塊のことで、その部分を活性化させるという働きがあります。『レッドクリフ』という映画が人気なので言うのではないですが、私が、人類史上最も上丹田が発達した人物といえば、その一人として必ず諸葛亮孔明の名前を、あげます。岩隈の上丹田は、ほめすぎにはなりますが、その諸葛亮孔明を偲ばせるものがありますよ。

――えっ、ほめすぎにしても、それはすごいじゃないですか。

高岡 だって、あの後のない戦いの場で、気象という外的な条件に、戦術管理とピッチングコントロールという内的な諸条件をピタッと合わせて、それを完全無欠にやりぬいてしまったわけでしょう。それはすごいことですよ。

――ああ、そうですよね。濃霧なのでゴロを打たせようとは、アマチュアのピッチャーでも思いつくでしょうけど、それをWBCという舞台でやりとげたわけですからね。しかも、相手はキューバ打線ですよ。

高岡 あることをやろうとして、途中まで「けっこういけてるな」というのは、またよくあることですよね。でも、それを最後までやり遂げるというのが大変なんですよ。最後までやり遂げられない首相がいる中で、よくやりましたよ。それをやり遂げたのは、中央軸の第3軸と協働的に機能した上丹田の働きだったと思いますね。

――WBCって、人によっては、たかが野球かもしれませんけど、岩隈の話になると、出てくる人物が諸葛亮孔明ですものね。それだけ日本の野球選手のレベルが高いわけで、多くの日本人がWBCに熱狂したのも納得できますね。

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