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高岡英夫の対談
「トップアスリートを斬る」

【文中で紹介された本】

第20回 高岡英夫の対談「トップアスリートを斬る」

  • 高岡英夫
  • 高岡英夫[語り手]
  • 運動科学者。「ゆる」開発者。現在、運動科学総合研究所所長、NPO法人日本ゆる協会理事長・推進委員。東京大学、同大学院教育学研究科卒。東大大学院時代に西洋科学と東洋哲学を統合した「運動科学」を創始し、オリンピック選手、芸術家などを指導しながら、年齢・性別を問わず幅広い人々の身体・脳機能を高める「ゆる体操」「ゆる呼吸法」「ゆるウォーク」「ゆるスキー」「歌ゆる」を開発。一流スポーツ選手から主婦・高齢者や運動嫌いの人まで、多くの人々に支持されている。大学・病院・企業などの研究機関と共同研究を進める一方、地方公共団体の健康増進計画での運動療法責任者も務める。ビデオ、DVD多数、著書は80冊を越える。
  • 松井浩
  • 松井浩[聞き手]
  • 早稲田大学第一文学部在学中から、フリーライターとして仕事を始め、1986年から3年間「週刊文春」記者。その後「Number」で連載を始めたのをきっかけに取材対象をスポーツ中心にする。テーマは「天才スポーツ選手とは、どんな人たちか」。著書は「高岡英夫は語る すべてはゆるむこと」(小学館文庫)「打撃の神様 榎本喜八伝」(講談社)等。高岡英夫との共著に「サッカー世界一になりたい人だけが読む本」「ワールドクラスになるためのサッカートレーニング」「サッカー日本代表が世界を制する日」(いずれもメディアファクトリー)、「インコースを打て」(講談社)等がある。

第20回 浅田真央(1)(2009.02.20 掲載)

『上丹田・中丹田・下丹田』

上丹田・中丹田・下丹田―自分の中の天才を呼びさます
(ベースボール・マガジン社)2,100円

巻末に「浅田真央の身体意識の構造【2007年】」が掲載されています。 こちらの本も合わせてお読みになると、浅田真央の身体意識についての理解がより深まります。

――身体意識について学んでいる人なら、浅田真央の演技を見て「さすがにセンター(中央軸)が発達しているな」とわかると思いますが、高岡先生の研究では、実際のところどの程度発達しているのでしょうか。

  • 浅田真央のセンター
  • © 2007 Hideo Takaoka 高岡英夫

高岡 この図が、浅田真央のセンターを表したものです。身体のど真ん中を見事にセンターが通っています。しかも、どこも切れることなく、ゆがむこともなく、大変な強さで、上下に高く、深く通っているんですね。

――すごいですね。

※「身体意識」とは、高岡が発見した身体に形成される潜在意識のことであり、視聴覚的意識に対する「体性感覚的意識」の学術的省略表現である。『究極の身体』(講談社)の第2章「重心感知と脱力のメカニズム/センター」(72ページ~)や『センター・体軸・正中線』(ベースボール・マガジン社)のはじめに(1ページ~)、序章(17ページ~)で詳しく解説しています。

※センター(中央軸)とは、身体の中央を天地に貫く身体意識。『究極の身体』(講談社)の第2章「重心感知と脱力のメカニズム」(49ページ~)や『センター・体軸・正中線』(ベースボール・マガジン社)の序章(17ページ~、第1章「センター」(45ページ~)で詳しく解説しています。

浅田真央の見事なセンターは、すでにイチローのレベルにまで達している

高岡 見事ですよ。ある程度センターの発達している人でも、普通は途中、途中で切れたり、細くなったり、曲がったりしているものなんです。しかし、浅田真央のセンターは、稀に見る素晴らしさです。最近の日本のスポーツ選手で、ここまで見事にセンターの発達しているのはイチローぐらいですね。

――えっ、18歳にして、もうイチローの域まで達していますか?

高岡 「イチローと同じレベル」というと、その活躍度や活躍している期間などを比べて、ちょっと納得できないという人もいるでしょうけど、浅田真央という選手は、数ある身体意識の中でも「センター」が突出して発達している人なんですね。もちろん、身体意識の総合力ではイチローの方が優れているわけですが、浅田真央のセンターだけを取り上げてみると、イチローのレベルに達するほどすごいということなんです。

――それだけ浅田真央も、全身がゆるゆるにゆるんでいるということですね。

高岡 もちろんです。けれど、浅田真央の演技を見た時に受ける印象は、どうでしょうか。パキッとか、シャキッとか、むしろ固い印象を受ける人が多いと思いますね。緊張してガチガチといったマイナスの印象ではなくて、身体が直線的とか、棒状というイメージです。特にライバルのキム・ヨナが、曲線的で柔らかな動きをするものだから、浅田真央は余計に固い印象を受ける人もいるでしょうね。しかし、現実には、浅田真央はゆるゆるにゆるんでいるんですよ。そもそも、本当のセンターは、身体がゆるゆるにゆるんでこないと通らないものなんですね。

――浅田真央のよい時の演技は、滑りながら関節がはずれてしまうような、腕を上げれば腕が、脚を上げれば脚がそのまま抜けて飛んでいくような印象があります。キム・ヨナのしなやかさに対して、浅田真央には、そういう奔放な柔らかさを感じることがあります。

高岡 それは大変いい観察で、こう説明すれば、わかりやすいと思います。たとえば、大好きな温泉に入ってのんびりしたら、筋肉はもちろん、全身の関節までだら~んと伸びるでしょう。関節の隙間が広くなったように感じられますよ。でも、その状態からあちこち歩いてみると、どうですか。とたんに関節が少し縮んでしまいますよ。次に、ちょっと難しい仕事をさせられると、関節がもっと縮んでしまうはずです。さらに、スポーツの難しい動きをさせられたら、関節がすごく縮むのを感じるでしょうね。世界のトップクラスの演技というのは、難易度でいえば極限的な難しさですから、トップ選手といえども関節の間が縮まってしまうものなんですよ。それが、浅田真央は国際大会でも、皆さんに分かりやすいたとえで言えば、温泉に入ってだら~んとでもしたようにゆるんだまま演技ができるということです。では、なぜ、そんなに奇跡的なほどにゆるむことができるのかといえば、あれほど見事なセンターが通っているからだというわけです。

――そう説明して頂くと、なるほどイチローレベルのセンターの持ち主なんだなと納得できますね。イチローも、メジャーリーグのすごい新記録に挑戦してすさまじく緊張しそうな場面でも、いとも簡単に成し遂げてしまいますものね。

高岡 イチローを見て受ける印象も、やはりパキッとか、シャキッという直線的なイメージでしょう。だけど、イチローも当然ながら、全身はゆるゆるにゆるんでいます。全身がゆるゆるにゆるんでいるのに、パキッと筋が一本通っているような印象を受けるのは、センターという身体意識が見事に形成されているからなんですね。読者の皆さんには、そこのところをわかって頂きたいと思いますね。

――浅田真央は、ジャンプの演技を得意としていますが、センターはジャンプのレベルにも関係するでしょう。

浅田真央がジャンプを得意としているのも、見事なセンターと密接にかかわっている

高岡 もちろん関係します。フィギュアのジャンプというのは、体軸回りの回転運動ですよね。物理学的にみても、回転軸が身体意識化されて強力に育っていないと、高いレベルのジャンプはこなせません。「努力感なく」といっては、浅田真央に怒られるでしょうけど、たとえば、センターの発達していない選手は2回転ぐらいのジャンプでも、かなりの集中力を発揮して気合いを入れて取り組まないとできないけれど、浅田真央なら楽にできるということです。

――そんな浅田真央が気合いを入れて取り組んだからこそ、国際大会では女子選手で史上初というトリプルアクセルを2回続けて成功させることもできたんですね。フィギュアスケートの場合も、これだけジャンプが得意というのは、先天的な瞬発力にも恵まれているということですか。

高岡 小学生の時から、バネの強い子とそうでもない子がいますね。たとえば、クラスの40人の子供でも、レベル別に5段階ぐらいには分けることができるでしょう。浅田真央レベルの選手だと、さらに100段階ぐらいに分けた中でもトップクラスにいるわけです。つまり、先天的に瞬発力に恵まれて、それを発揮させる脳の働きも発達してきたということですね。しかし、それだけでは、高いレベルのジャンプには結びつかないんです。確かにバネはすごいけど、まとまりのないジャンプにしかならないんですね。審査員の評価が高くなるジャンプをするには「垂軸」ですね、地球の中心と自分の中心を結ぶ「垂軸」と先ほど出た「体軸」をたくみに関係づけて、筋肉を順番にタイミングよく解緊/収縮させるという高度な能力が必要になってくるんですね。センターが発達してくると、この能力が高くなるんです。

――今シーズンは、浅田真央のステップ技術が向上したことも話題になりましたが、バランスの良さというのも、センターと直接関係していますね。

タラソワコーチは、浅田真央の見事なセンターを直観的に見抜いていたはず

高岡 もちろんです。たとえば、浅田真央は、タラソワコーチの指導を受けるようになってから、難易度の高いステップワークを取り入れましたね。あの演技では、すさまじい身体のポジションの転換をするでしょう。タラソワコーチが偉大だといえるのは、浅田真央なら、あのステップワークをこなせると見抜いたことですね。
  というのも、あれほど高いレベルのステップワークを身につけようと思えば、様々な身体意識の装置が必要になってくるんですが、さらに、そうした様々な身体意識の装置を根本から支える装置も必要なんですね。実は、それがセンターでもあるんですよ。逆にいえば、センターが発達していなければ、あのステップワークをこなすために必要な身体意識も発達してこないんです。そういう意味でいえば、タラソワコーチは、浅田真央の根本にある偉大なセンターというものを直観的に見抜いていたのだろうと思います。その上で、浅田真央ならものにできると考えたのでしょうね。

――正確なことは、コーチ自身に聞いてみないとわかりませんが、ヨーロッパの優秀なコーチは体軸を見ますからね。

 

高岡 伝統的に、そうですね。クラシックバレエの世界では、500年以上前にそういう見方、考え方が確立していたという説もあります。だから、現在のスポーツの多くの指導者も、体軸を見るでしょうね。どこまで見えるかは、コーチのレベルによって違ってきますけどね。レベルの低いコーチほど、軸というものを生で硬いものとして見がちですよ。だけど、タラソワコーチのレベルになってくると、センターそのものも見えているだろうし、直線的な印象とか、パキッという印象があるけど深いところでゆるんでいるということも見抜いているんでしょうね。そうじゃないと、端から、あんなに難しいステップに挑戦させないでしょう。

――センターから、そういう見方もできるんですね。センターは、身体意識の中でも根本的なものですから、スポーツ選手にとってはもちろん、コーチにとっても、普段の様々な事柄とそのレベルに関わってくるんですね。また、私のように見る側の人間にとっても、その観点や、見た時の深みなどに関わってくると思います。まず、「センター」について勉強するだけでも、日頃の取り組みに視野の広さと深みを与えてくれると思いますね。

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