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高岡英夫の対談
「トップアスリートを斬る」

【文中で紹介された本】

  • 『上丹田・中丹田・下丹田』
  • 『上丹田・中丹田・下丹田』
  • (ベースボール・マガジン社)2,100円

第14回 高岡英夫の対談「トップアスリートを斬る」

  • 高岡英夫
  • 高岡英夫[語り手]
  • 運動科学者。「ゆる」開発者。現在、運動科学総合研究所所長、NPO法人日本ゆる協会理事長・推進委員。東京大学、同大学院教育学研究科卒。東大大学院時代に西洋科学と東洋哲学を統合した「運動科学」を創始し、オリンピック選手、芸術家などを指導しながら、年齢・性別を問わず幅広い人々の身体・脳機能を高める「ゆる体操」「ゆる呼吸法」「ゆるウォーク」「ゆるスキー」「歌ゆる」を開発。一流スポーツ選手から主婦・高齢者や運動嫌いの人まで、多くの人々に支持されている。大学・病院・企業などの研究機関と共同研究を進める一方、地方公共団体の健康増進計画での運動療法責任者も務める。ビデオ、DVD多数、著書は80冊を越える。
  • 松井浩
  • 松井浩[聞き手]
  • 早稲田大学第一文学部在学中から、フリーライターとして仕事を始め、1986年から3年間「週刊文春」記者。その後「Number」で連載を始めたのをきっかけに取材対象をスポーツ中心にする。テーマは「天才スポーツ選手とは、どんな人たちか」。著書は「高岡英夫は語る すべてはゆるむこと」(小学館文庫)「打撃の神様 榎本喜八伝」(講談社)等。高岡英夫との共著に「サッカー世界一になりたい人だけが読む本」「ワールドクラスになるためのサッカートレーニング」「サッカー日本代表が世界を制する日」(いずれもメディアファクトリー)、「インコースを打て」(講談社)等がある。
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第14回 イチロー【後編】(08.11.01 掲載)

――当時のイチローを見ていると、もっと動きがクキクキしていたというか。まるで最新のコンピューターゲームに登場するキャラクターのような動きをしていました。

高岡 当時、そういう印象を持った人もいるでしょうね。体のいろんなところが分かれて動くような印象でしょう。まさに組織分化が組織分化が全身に行き渡った状態である「全身分化」が進んでいたということです。非常に深くゆるんでいる人の中には、そういうふうに動きの現れる人がいますよ。全身のそこら中が超常識的にズタズタに分割されて再構成されるという意味で、ピカソのキュービズムと似た論理構造と言ってもよいですよ。その頃のイチローは、そういう状態でした。当時は体にストレッチをかけながら解きほぐしてゆるめる運動(運動科学ではゆるストレッチという)を今よりよくやっていましたし、それがかなり上手でしたね。

※「全身分化」とは、全身体の組織が各器官通りに徹底的に組織分化され、身体意識の構造として反映されていること。『究極の身体』(講談社)第5章「身体分化・各論/全身分化」(242ページ~)で詳しく解説しています。

――バッターボックスに入りながらゆるみ、バットを構えながらもゆるんでいくという作業行程がうまくできていましたよね。

高岡 現実には、事前に身体をゆるませておいても、最後のボールを捉える瞬間に固まるというバッターがほとんどなんです。一番重要な瞬間ほど、みんな固まってしまう。ところが、当時のイチローは、ボールを捉える瞬間までゆるみが進んでいましたね。それは相当な身体の使い方ができていたということです。そこまでできるから、第3側軸もできた。一方、第3側軸が立ってくると、今度はそれを土台にしてゆるみというのが進められるんです。このようにセンター(ここでは中央軸、側軸の総称)とゆるみは、お互いに助け合うものなんです。

――センターは、身体がゆるめばゆるむほど立ち上がってくるし、センターが強くなれば、強くなるほどゆるみが進むという関係なんですね。

高岡 ある段階以上では、身体が固まってこようとする時、センターが強ければ固まるのを防いでくれるという関係もあります。しかし、もっと身体が固まってくると、センターが下がって、センターが低下すると、もっと身体が固まってしまうという悪い方向へ足の引っ張り合いになるという関係でもあります。それほどゆるむということと身体意識の中心であるセンターは密接不可分な関係にあるんです。

――最近のイチローも、その悪い方のスパイラルにはまっているということですね。イチローのバッティングでいえば、肩甲部をズルッとずらしながら打つ芸術的な打ち方も、最近は見られなくなってきましたからね。

高岡 肩包体と肋体と分離動作ですね。二つの体の間にある肩包面が以前は深く割れていたのが、浅くなってきましたからね、今年は。

※「肩包面」とは、肩包体と肋体の間に成立する曲面状の身体意識。『上丹田・中丹田・下丹田』(ベースボール・マガジン社)の第4章「肩包体」(161ページ~)で詳しく解説されています。

30代後半を迎える今こそ、身体をゆるめる専門トレーニングを徹底的にするべき。

高岡 その背景も、それだけ全身的に体が固まって、センターが落ちてきていることにあるわけです。運動科学の専門家としてアドバイスしておくと、イチローは、今こそ身体を徹底的にゆるめるトレーニングをする必要がありますね。'04年の頃より、今の方が質量ともに何倍もしなきゃいけない。なぜかといえば、一言歳を取ってきているからです。

――イチローも、今年35歳です。

高岡 今の姿を見ていると、かわいそうですけど、あらためて本当のところはわかっていないんだなあと思いますよ。私が具体的なメソッドも、それを裏づける理論も発表しているじゃないですか。それをしっかり読み込んで理解するという状態にはなっていないんでしょうかね。もったいないなあ。

――イチローは、50歳で4割打って引退するのが理想と発言していましたけれど。

高岡 本当ですか。今の状態でその言葉を聞くと、冗談を言って笑いを誘おうとしているのか、あれほどの男が実現性のない夢を語るようになったのかと思いますね。かわいそうだけど、科学的な立場からは、そう言うしかないですからね。常に「かわいそうだけど」というのは、あのレベルにまで到達した選手だからです。もちろん、あのレベルに到達すること自体が誰にも増して立派なわけですからね。さまざまな努力を重ねて、それを結果に結びつけている選手です。よほどの天才的な人間でも、なかなかできないことですよ。しかし、やっていることも事実、考えていることも事実、発言も事実ですから、ここは正しく論評しないといけません。イチローがこのまま衰えていって、北島も引退するかもしれないというし、本当にそうなってしまったら日本のスポーツ界は寂しくなりますね。NBAもジョーダンが引退したら、火が消えたようになってしまいましたからね。日本のスポーツ界はこの2人の選手の本質を、まったくと言っていいほど学べていないですから、今後スポーツ界全体が火が消えるように衰退していく危険も、ないとは言えないですね。

――あの時はアメリカにいたフリーのスポーツライターたちも、一斉に引き上げてきましたね、商売にならないですから。それで現在、NBAのテレビ中継は数えるほどになってしまいました。

高岡 強大で優秀な中心人物がいなければ、いかなる世界も衰退するのが、歴史の常ですから。日本のスポーツ界も、そろそろ人間の本質、人間能力の本質というものを学ぶべき時期に来ているのではないでしょうかね。

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