ホーム > 第30回 高岡英夫の対談「トップアスリートを斬る」 WBC特集 侍ジャパン編

高岡英夫の対談
「トップアスリートを斬る」

【文中で紹介された本】

高岡英夫の対談「トップアスリートを斬る」WBC特集

  • 高岡英夫
  • 高岡英夫[語り手]
  • 運動科学者。「ゆる」開発者。現在、運動科学総合研究所所長、NPO法人日本ゆる協会理事長・推進委員。東京大学、同大学院教育学研究科卒。東大大学院時代に西洋科学と東洋哲学を統合した「運動科学」を創始し、オリンピック選手、芸術家などを指導しながら、年齢・性別を問わず幅広い人々の身体・脳機能を高める「ゆる体操」「ゆる呼吸法」「ゆるウォーク」「ゆるスキー」「歌ゆる」を開発。一流スポーツ選手から主婦・高齢者や運動嫌いの人まで、多くの人々に支持されている。大学・病院・企業などの研究機関と共同研究を進める一方、地方公共団体の健康増進計画での運動療法責任者も務める。ビデオ、DVD多数、著書は80冊を越える。
  • 松井浩
  • 松井浩[聞き手]
  • 早稲田大学第一文学部在学中から、フリーライターとして仕事を始め、1986年から3年間「週刊文春」記者。その後「Number」で連載を始めたのをきっかけに取材対象をスポーツ中心にする。テーマは「天才スポーツ選手とは、どんな人たちか」。著書は「高岡英夫は語る すべてはゆるむこと」(小学館文庫)「打撃の神様 榎本喜八伝」(講談社)等。高岡英夫との共著に「サッカー世界一になりたい人だけが読む本」「ワールドクラスになるためのサッカートレーニング」「サッカー日本代表が世界を制する日」(いずれもメディアファクトリー)、「インコースを打て」(講談社)等がある。

第30回 イチロー(1)(2009.05.29 掲載)

『上丹田・中丹田・下丹田』

上丹田・中丹田・下丹田―自分の中の天才を呼びさます
(ベースボール・マガジン社)2,100円

巻末に「イチローの身体意識の構造【愛工大名電高校3年時 1991年】」「イチローの身体意識の構造【シアトル・マリナーズ時 2004年】」が掲載されています。 こちらの本も合わせてお読みになると、イチローの身体意識についての理解がより深まります。

――今年のWBC以降、「イチローは本当に衰えたのですか」という質問をよく受けます。決勝(韓国戦)の延長10回に勝ち越しのヒットこそ打ちましたが、それまでは極度の不振でマスコミでも「国民的心配事」と大きな話題になりました。成績も決勝で4安打して、打率はやっとこさの2割7分3厘(44打数12安打)。第2ラインドでは12打席連続ノーヒットの上に、あのイチローが送りバントまで失敗しました。そこで今回は、高岡先生に「WBC時のイチローの真実の姿」についてお聞きすることにしました。

年齢が高くなっても活躍できるかどうかは、広い意味での環境によって左右される

高岡 「イチローは本当に衰えたのか」ということについて、皆さん大変に関心が高いようですね。それについては、おいおいじっくりお話しするとして、その前に、年齢とパフォーマンス力の関係について私の考えをお話しておきたいと思います。

 いきなり数式になってしまうのですが、その関係は「y=f(x)」という式で表すことができます。「y」がパフォーマンス力で、「x」が年齢。そして「f」が環境と遺伝です。つまり、年齢とパフォーマンス力の関係は、「f」の中身が何であるかによって変わるということですね。

――確かに、プレーしている場所がメジャーリーグか、日本のプロ野球かによっても年齢とパフォーマンス力の関係は違うでしょうし、1960年代の選手と現在の選手とでも違いますね。また、細かなことでは、選手の所属する球団のホームグラウンドが天然芝の球場か、地面が硬くて身体への負担が大きいとされる人工芝かによっても違ってくるでしょうね。

高岡 現実を見ていくと、プレーする場所や時代から球場の違いまで、実にさまざまなことがありますよね。その中には、選手個人の遺伝に由来する身体的な素質も含まれます。たとえば、新陳代謝もよくて疲労回復能力も高い選手ほど、より長く一線でプレーできる可能性が高いでしょう。また、スポーツ選手は常に身体を鍛えますから、そのたびに身体のどこかが損傷しています。その修復能力が高いことも、長く現役を続けるための大きな条件ですね。

――個々の選手を見ていると、40歳になっても現役バリバリの選手もいれば、30代前後で急速に衰える選手もいますね。

高岡 そうですね。長く現役を続けられる選手は、たとえば、新陳代謝も良くて、疲労回復能力など生理機能面も優れているわけでしょう。それも持って生まれた遺伝的な素質の一つなので、一般には「身体に恵まれた」という言い方をしますね。また、加齢とともに身体が衰えるから、筋トレや走り込みといったトレーニングをして鍛えなければ長く現役でいられないとも考えられていますよね。

――でも、筋トレや走り込みをしたからといって、必ずしも長く現役を続けられるとは限りませんね。たとえば、桑田真澄という投手がいましたが彼は、誰よりも熱心に練習すると評されるほど若い頃から練習に取り組みましたが、30歳を過ぎた頃に一気に衰えてしまいました。古武術を習ったりもしましたが、それでも衰えを防ぐことはできませんでした。

年齢が高くなっても活躍できるかどうかは、身体のゆるみ度によって左右される

高岡 気の毒な話だけれど、そういう例も、スポーツ界にたくさんありますね。真面目に練習に取り組んできたけれども、パフォーマンス力が衰えるとともに現役引退に追い込まれたというケースですね。では、そのパフォーマンス力の衰えという点で、何が最も重要なポイントになるかといえば、それは、この連載の読者の方はもうおわかりでしょうけれども、身体がいかにゆるんでいるかという点ですね。

 ところが、人間の身体は、加齢によって硬くなっていきます。ましてや、スポーツ選手というのは常に身体を損傷させていますから、より身体が硬くなりやすいんです。つまり運動を継続している割には、その点で意外にもゆるみ度が低下しやすいんですね。ゆるみ度が低下すれば、当然、パフォーマンス力も落ちていきます。野球界でいえば、30代に入ってもよくがんばっていた選手が35歳前後でパフォーマンス力がガクッと落ちれば、「ああ、やっぱりここまでだったかあ」と慨嘆されますよね。

――野球界で衰えたというと、肉体的、技術的、あるいはスピードについていけなくなったとか、気力が衰えたとか、いろいろな側面から語られますが、根本的には、脳や筋肉、血管など身体が硬くなったというという事実があるんですね。

高岡 その通りです。硬くなったとは、つまり生化学的にいえば代謝・新陳代謝が衰えたという意味ですから。引っくり返していうと、生化学的に代謝・新陳代謝が高いということが、ゆるんでいるということなんですよ。

――ということは、40代になっても活躍している阪神タイガースの金本知憲や下柳剛という選手は、他の早く引退した選手たちよりもゆるんでいる、イコール代謝・新陳代謝の良い身体をしているということですね。

高岡 もちろん、そうです。ただし厳密にいえば、日本のプロ野球のレベルにおいて、他の選手よりはゆるんでいるということですよ。詳しいことはわかりませんが、持って生まれた身体的な素質に恵まれたということもあるんでしょうし、同じトレーニングをしても、よりゆるむという感覚を持ちながらしているということもあるんでしょう。でも、この連載をお読みの方なら、より積極的に身体をゆるめる専門トレーニングが存在することも、すでにご存じのはずですよね。

――ゆるトレーニングですね。

年齢が高くなっても活躍するには、環境要因としてゆるトレーニングを導入することが有効であることが実証されてきた

高岡 そうです。で、ここからが実はとても大切なことなのですが、近年、そのゆるトレーニングが、年齢とパフォーマンス力の関係を表す「y=f(x)」の「f」しかも大変な強大な因子になり得るということがわかってきたんです。たくさんの実証例や科学的な検証によって、ゆるトレーニングが、日本だ、アメリカだ、1960年代だ、現在だといった環境条件に匹敵するどころか、そんなものをはるかに超絶するほどの環境要因「f」になり得るというのがわかってきたんですよ。つまり、日本で野球をしていようが、アメリカでプレーしていようが、ゆるトレーニングを導入することで、従来の「年齢的な衰え」を圧倒的に阻止できる可能性が見えてきたということですね。

――なるほど。確かにそういうことがいえますね。

高岡 たとえば、35歳からゆるトレーニングを徹底して行えば、5年を経て40歳になっても、逆に5年前の35歳の時よりもさらに若い身体を手に入れることができるし、うまく取り組めば、疲労回復力にはじまり柔らかい身のこなしや全身反応速度や技術的センスやメンタルタフネスに到るまで、30歳や25歳の時よりも若い身心を手に入れることもできるわけですよ。ということは、40歳になってもゆるトレーニングで「ゆるみ度」を増強することに成功すれば、パフォーマンス力もアップするということですよ。

 この話を頭に入れて頂いたうえで、次回からイチローの真実についてお話しましょう。

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