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高岡英夫の対談
「トップアスリートを斬る」

【文中で紹介された本】

第16回 高岡英夫の対談「トップアスリートを斬る」

  • 高岡英夫
  • 高岡英夫[語り手]
  • 運動科学者。「ゆる」開発者。現在、運動科学総合研究所所長、NPO法人日本ゆる協会理事長・推進委員。東京大学、同大学院教育学研究科卒。東大大学院時代に西洋科学と東洋哲学を統合した「運動科学」を創始し、オリンピック選手、芸術家などを指導しながら、年齢・性別を問わず幅広い人々の身体・脳機能を高める「ゆる体操」「ゆる呼吸法」「ゆるウォーク」「ゆるスキー」「歌ゆる」を開発。一流スポーツ選手から主婦・高齢者や運動嫌いの人まで、多くの人々に支持されている。大学・病院・企業などの研究機関と共同研究を進める一方、地方公共団体の健康増進計画での運動療法責任者も務める。ビデオ、DVD多数、著書は80冊を越える。
  • 松井浩
  • 松井浩[聞き手]
  • 早稲田大学第一文学部在学中から、フリーライターとして仕事を始め、1986年から3年間「週刊文春」記者。その後「Number」で連載を始めたのをきっかけに取材対象をスポーツ中心にする。テーマは「天才スポーツ選手とは、どんな人たちか」。著書は「高岡英夫は語る すべてはゆるむこと」(小学館文庫)「打撃の神様 榎本喜八伝」(講談社)等。高岡英夫との共著に「サッカー世界一になりたい人だけが読む本」「ワールドクラスになるためのサッカートレーニング」「サッカー日本代表が世界を制する日」(いずれもメディアファクトリー)、「インコースを打て」(講談社)等がある。

第16回 サッカー日本代表(2)(2008.11.14 掲載)

高岡 身体能力は、トレーニングの方法と取り組み方によって驚くほど向上させることができると言っても、サッカー界に限らず、ほとんどの人にとって、にわかには信じられない話でしょうね。また、想像もつかない話かもしれませんね。しかし、実証例があるのです。

――鹿屋体育大学のケースですね。

高岡 サッカーではなくて、バスケットボールの例なんですけどね。このバスケットボールという種目も、サッカーと並ぶぐらいプレーの自由度が高くて、非常に激しいスポーツですね。アメリカのある社会心理学者が、最も高度な頭脳が求められる、すなわち自由度が高く緻密でスピーディーな動きと反応と判断力を必要とするスポーツはバスケットボールであると分析していました。私自身は、必ずしもバスケットボールが一番だとは思わないですが、サッカーと非常によく似たスポーツではありますよね。

――高校のサッカー部などには、戦術の練習にバスケットボールを取り入れているところもありますね。

高岡 個人と集団の関係性が、サッカーとバスケットではよく似ていますからね。そのバスケットボールでの話なのですが、鹿児島に鹿屋体育大学という国立で唯一の体育大学があります。しかし、九州の最南端にあるせいもあって、そこの女子バスケットボール部には、高校時代に注目を集めるような選手がなかなか来てくれないんですよ。そういうレベルの選手は日体大や筑波大、それに西日本では大阪体育大などへ進むんですね。そして、それらの大学で筋力トレーニングを中心とした強化策に取り組み、戦術もしっかり学びます。すると、やっぱり強いんですよ。ですから、鹿屋体育大学が全国レベルの大会に出場しても、ずっとベスト16止まりでした。どうしてもベスト8の壁が破れませんでした。

――ベスト8の壁といえば、規模は違いますが、サッカー日本代表の世界における立場と同じようなものですね。

身体をゆるめるトレーニングに徹底的に取り組んだら、身体能力が驚くほどアップした

高岡 ベスト8に入れないという点では同じですね。そこで鹿屋体育大学の女子選手たちに、ゆる体操を中心とする身体をゆるめるトレーニング(ゆるトレーニング)に徹底的に取り組んでもらったんです。すると、ベスト8の壁をあっさり突破。それからベスト4に進出して、全国優勝まで成し遂げました。現在は、全国大会でも常に優勝候補となっています。

――私も、チームが強くなってから試合を見ましたが、もともと持っている「身体資源(身体の大きさや筋肉のバネなど)」ですね、これは、それほど高くないことがよくわかりました。やっぱり、「身体資源」でいえば、日体大や筑波大の選手の方が恵まれているんですね。

高岡 そうなんです。それは、見る人が見れば、すぐにわかりますよね。ところが、身体の大きさにも、筋肉のバネにも恵まれていないのに、身体をゆるめるトレーニングを行った結果、「身体能力」が高くなったのです。たとえば、接触プレーってあるでしょう。「バスケットボールは、実は格闘技」と評されるぐらい、ぶつかり合いがものすごいんですね。でも、鹿屋体育大学の学生は、もともと大きな身体をしていて、さらに筋トレでたくましく鍛えた有名大学の選手と身体をぶつけ合っても勝ってしまうのです。

――「当たり勝つ」って、まさにサッカーに必要な能力ですよね。今のサッカー代表には、90年代前半のように当たり負けしてゴロンと横へひっくり返ってしまうような選手は、さすがに見なくなりましたが、W杯のここぞというところでは相変わらず当たり負けしてますからね。

サッカー日本代表クラスがゆるトレーニングに徹底的に取り組めば、必ず世界で通用する選手になれる

高岡 そうですよね。でも、サッカーの日本代表が、鹿屋体育大学の女子選手たちのようにゆるトレーニングに徹底的に取り組めば、世界のトップ選手たちにも当たり勝つようになるということです。もともと彼らは、日本代表に選ばれるレベルにあるわけで、身体能力もそれなりに高いですよね。さらにトレーニングによって開発していけば、世界のトップレベルでも十分に戦える選手になりますよ。

――日本の大久保嘉人や玉田圭司が、カンナバーロ(イタリア代表DF)にも当たり勝つということですよね。

高岡 そういうことです。それから、鹿屋体育大学の例でいえば「リバウンド」ですね。リバウンドを取るというのは、本当に個人の能力が問われるプレーでしょう。なのに、小柄な鹿屋の選手が大学選手権でリバウンド王を獲るようになったんです。

――背の高い選手と争ってジャンプをして、競り勝つわけですからね。サッカーでいえば、ヘディングですよね。日本の中澤佑二や闘莉王には、今すぐにでもトレーニングに取り組んでもらいたいですね。イタリアのルカ・トーニやドイツのクローゼといった選手に競り勝てるようになるということですからね。

高岡 まさに、そういうことですよ。それから戦術でいえば、鹿屋体育大学の清水監督が驚いたのが、選手たちの飲み込みが早くなったということでした。トレーニングに取り組む前なら習得までに一ヵ月かかるところが、一週間で済むようになったというんです。ゆるトレーニングによって身体の各組織の自由度が高くなると、脳の自由度も高くなって、反応力、学習力、判断力が良くなるんですよ。また、戦術というのは、状況の変化に応じて生まれてくるものですから、状況への対応力が高くなったという言い方もできます。身体が動きますから周りもよく見えて、教えられた戦術でも、まるで自分で考えたようにこなせるようになるのです。実際の試合になると、監督は相手がかわいそうだと思うことがあるそうですよ。彼女らの独創的なプレーに相手が絶対に反応できないからなんだそうですよ。

 もちろん身長が高くて、身体資源も高くて、筋トレで鍛え上げた選手というのは、その有利点が発揮できる場面では、それなりのレベルのプレーをするんですね。だから他のトップ校と戦った場合、鹿屋体育大学の一方的な試合にはなるばかりとは限らず、接戦になることもあります。だけど、接戦でも勝つということは、筋トレでたくましく鍛え上げた選手に対して競り勝てる場面がより多いということですよね。

――戦術の飲み込みが早い選手は、一般に「センスがよい」といわれますね。監督は、そういう選手に来てもらおうとしてスカウティング活動を行いますが、ゆるトレーニングに取り組めば、そういうセンスのよい選手が自分の元で育てられるということですね。

高岡 その通りです。育てられるんですよ。自分の教え子が「センスがいいなあ」という選手に変わっていくんですよ。さらに、ゆるトレーニングに取り組むと、疲労度が全く違ってきます。肉体的にも、精神的にも、疲労回復能力が格段にアップしますので、大会後半になっても疲労を全くためないんですよ。普通、選手は、だんだんバテていきますよね。ところが、鹿屋体育大学の選手たちは、大会終盤になるほど元気になっていきます。

――サッカーも激しいスポーツなので、トーナメントが進むほど疲労が蓄積されてきますからね。実際、W杯ドイツ大会では初戦のオーストラリア戦(1対3で敗退)では、特に後半に運動量がガクンと落ち、3戦目のブラジル戦(1対4で敗退)は、ボコボコにやられました。試合をすればするほど元気になっていくというこの一点だけでも、サッカー日本代表は、すぐにこのトレーニングに取り組むべきなのではないでしょうか。

高岡 本当にそうですよ。鹿屋体育大学の清水監督は、その手腕を買われて、学生の女子日本代表の監督に就任してユニバーシアードにも出場して、いい戦いをしています。私は、理論だけでものを言っているのでもなく、研究室の実験データだけで発言しているのでもないんです。新たに考えだした理論や方法を使って実際にチームを育ててもらって実証して、提案しているんですね。

――個人でいえば、大黒君であり、チームでいえば、鹿屋体育大学ということですね。大黒君の場合は、熱心なトレーナーがいて、そのトレーナーと一緒になって取り組んだ結果、まったくの無名だった彼が前回のW杯アジア予選の救世主になりました。その後、環境の変化などがあってトレーニングが継続できず、大黒君はかつての輝きを失ってしまいましたけど。

※大黒君が日本代表の救世主となった経緯は、『サッカー世界一になりたい人だけが読む本』(メディアファクトリー)の「大黒将志は、もも裏トレーニングで『大黒様』になった」(105ページ~)で詳しくレポートしています。

高岡 大黒君は、私が直接指導したわけではないですが、私の理論を参考にしたトレーニングに取り組んで、一時期ではあったにしろ、あれだけのパフォーマンスを発揮したという事実がありますね。その一方では、チーム単位で取り組んで瞬く間に全国制覇までいった鹿屋体育大学の例もあります。しかも、鹿屋体育大学は、その後、パタッとチーム力が落ちたのではなく、選手は入れ替わっていくのに、その後も優勝争いに加わりつづけています。また、ユニバーシアード代表になる選手も次々に出ています。

――高校時代はそれほど目立たなかった選手が、ほんとに短期間で急成長しているということですね。

高岡 前回にお話したように、江戸時代の日本人は、世界の人種、民族のなかでも、最も高い身体能力を誇ったことは間違いありません。ところが、今の日本人は、身体能力が根本から衰えてしまったんですね。とりわけ筋肉や骨格の自由度が低くなって、走り方も悪くなったし、疲労の蓄積の多い身体の使い方にもなっています。しかし、正しいトレーニングによって各組織の自由度を高めた身体の使い方になれば、疲労の蓄積が少なくなって、いくらでもスタミナが増してくるということなのです。精神も開放されるので、発想も豊かになり非常に独創的なプレーが当たり前になってきます。当然、決断力のあるシュートも撃てるようになってきますね。

――日本代表に、決定力不足が指摘されてから、何年が経つでしょうか。その間、さまざまな試みが行われてきましたが、いまだに決定力不足は解消されていません。ということであれば、日本サッカー協会の強化責任者は、一度鹿屋体育大学を見学して、監督から話を聞いてみてはいかがでしょうか。

高岡 サッカー協会の強化責任者が、種目違いのバスケットの大学レベルの、しかも女子のチームの例に、サッカー日本代表を根本から変える可能性を感じ取ることができるや否やということが、彼らの独創性にかかっているのだと考えます。

 

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