ホーム > 第27回 高岡英夫の対談「トップアスリートを斬る」 WBC特集 侍ジャパン編

高岡英夫の対談
「トップアスリートを斬る」

【文中で紹介された本】

高岡英夫の対談「トップアスリートを斬る」WBC特集

  • 高岡英夫
  • 高岡英夫[語り手]
  • 運動科学者。「ゆる」開発者。現在、運動科学総合研究所所長、NPO法人日本ゆる協会理事長・推進委員。東京大学、同大学院教育学研究科卒。東大大学院時代に西洋科学と東洋哲学を統合した「運動科学」を創始し、オリンピック選手、芸術家などを指導しながら、年齢・性別を問わず幅広い人々の身体・脳機能を高める「ゆる体操」「ゆる呼吸法」「ゆるウォーク」「ゆるスキー」「歌ゆる」を開発。一流スポーツ選手から主婦・高齢者や運動嫌いの人まで、多くの人々に支持されている。大学・病院・企業などの研究機関と共同研究を進める一方、地方公共団体の健康増進計画での運動療法責任者も務める。ビデオ、DVD多数、著書は80冊を越える。
  • 松井浩
  • 松井浩[聞き手]
  • 早稲田大学第一文学部在学中から、フリーライターとして仕事を始め、1986年から3年間「週刊文春」記者。その後「Number」で連載を始めたのをきっかけに取材対象をスポーツ中心にする。テーマは「天才スポーツ選手とは、どんな人たちか」。著書は「高岡英夫は語る すべてはゆるむこと」(小学館文庫)「打撃の神様 榎本喜八伝」(講談社)等。高岡英夫との共著に「サッカー世界一になりたい人だけが読む本」「ワールドクラスになるためのサッカートレーニング」「サッカー日本代表が世界を制する日」(いずれもメディアファクトリー)、「インコースを打て」(講談社)等がある。

第27回 松坂大輔(2)(2009.05.08 掲載)

――松坂は、読者の皆さんもよくご存じのように、横浜高校時代に投打の大黒柱として春夏連覇を成し遂げる偉業を達成しました。しかし、前回の高岡先生のお話では、西武ライオンズ時代の'04年に結婚してからセンターが通ってきたということでした。では、あれほど活躍した高校時代からプロ入り当初にかけての身体意識は、どうだったのでしょうか。

もともと松坂は、スポーツ選手として先天的に恵まれたDNAを持っている

高岡 高校3年の時、たとえば、PL学園と延長17回の名勝負を演じましたよね。あの時には、確かにセンターが通っていましたよ。しかし、当時は、そのセンターに完全にコントロールされる形で身体の各部がよく働き、センターと連関しながら他の身体意識も発達してくる、というものではなかったんですね。そもそも、松坂は身体が柔らかく、筋肉にもバネがある。さらに、それらを連関させて使う筋出力の配分能力が高いなど、肉体的な意味で先天的に恵まれたDNAを持っているんですね。その点が恵まれすぎていると、身体意識が超高校級でなくても、超高校級の大活躍はできてしまうわけですよ。

――そういえば、私は松坂を高校2年の頃から見ていますが、当時、持って生まれた野球センスというものにかなり恵まれたピッチャーだなと思っていました。

高岡 その高校2年の時でしたか、松坂にとって転機になるような出来事があったんでしょう。

――サヨナラ暴投ですね。高校2年夏の神奈川予選準決勝で、自分の暴投でサヨナラ負けしたんです。3年生の先輩たちが、それで甲子園へ行けなくなったということで、試合後に号泣しました。それをきっかけに、松坂は、いろんな面で変わったといわれます。たとえば、「サボリのマツ」と言われるほど練習嫌いだったのが、身を入れて練習するようになりましたね。

持って生まれた肉体の良さに頼るピッチングをして、それでも活躍できた

高岡 その体験をするまでは、まったく身体頼りのプレーだったはずですよ。でも、先輩に申し訳ないと思って猛反省をしたことで、身体意識が育つようになったのです。といっても、2年夏までは身体意識がゼロで、突然生まれたというのではなくて、それまでも多少ながら傾向はあったということですよ。

――そして、春夏連覇という偉業の立役者となった高3年の夏に、センターが通って高校野球史に残る大活躍をするところへつながっていくわけですね。でも、そのセンターが、確実に身についたものではなかったということでしょうか。たとえば、バルセロナ五輪の岩崎恭子のように短期間だけすごいセンターが形成されるということがありますからね。

高岡 そうですね。松坂の場合、プロ入り後も、肉体の良さに頼るところと、肉体に頼らなくなって身体意識がよくなるところのせめぎ合いが続いていたんですよ。

――なるほど、そう説明して頂くとよくわかります。当時、松坂のピッチングを見ていると、特に背中の筋肉が印象的でした。でも、その筋肉に頼って強引に投げるという感じがあって、疲れてくると、ワインドアップ時の腕の上げ方が、見ていてもわかるほど小さくなるんです。私は、松坂を見ていて腕の上げ方が小さくなると、「そろそろ打たれるぞ」と周りの人に言っていたのですが、実際、そうなることがよくありました。しかし、相手の拙攻などに助けられてそこを乗り越えると、かえって調子が良くなることもありましたね。これは、投球数が増えると、だんだん肉体に頼らずに投げられるようになってボールのキレが良くなったからでしょうか。

高岡 そういうことですね。肉体が頼りにならないほど落ちてくることで、身体意識が強く活動し出すというところが、この時代の松坂の特徴でしたね。

――また、松坂は、プロ入りの頃から身長が180cm(現在の登録は182cm83kg)あるのですが、そうは見えなかったんです。それも不思議だったんですけど、センターがきちんと通っていないことも一因だったんでしょうね。センターがきちんと通っていると、実際より背が高く見えますものね。

結婚をきっかけに成長するセンターがそなわり、身体意識に支えられながら肉体を効率的に使えるようになった

高岡 それもよい観察ですね。それが、結婚の頃から成長するセンターがそなわってきて、見た印象や雰囲気、ピッチングスタイルなど、いろんな面で変化が出てきたでしょう。かつての肉体頼りの動きから、センターが通って他の身体意識も育ってきて、身体意識に支えられながら肉体を効率的に使えるようになったからです。

――少なくともメジャーリーグに行ってずいぶん変わったのは、よくわかります。かつての松坂とは違いますね。

高岡 松坂のセンター以外の身体意識では、上丹田(知の源)はあまり発達していませんけど、中丹田(情の源)、下丹田(胆力の源)は発達していますね。

※中丹田、下丹田については『身体意識を鍛える』(青春出版社)第2章「達人たちの“身体づかい”7つの極意を知る」のアイテム2「下丹田…落ち着き、安定感が生まれる」(67ページ~)、アイテム3「中丹田…やる気や情熱の中心となる意識」(77ページ~)で詳しく解説しています。また、同書には中丹田と下丹田を作るトレーニング法も詳しく解説されています。

――どちらかといえば、「秘めた闘志」タイプですけど、気持ちはかなり熱いですね。

高岡 熱性のエネルギーを集めてくる身体意識は強いですね。そして、この調子でいけば、そのうち上丹田まで発達してくるかもしれないですよ。

――松坂は'80年生まれで、今年29歳です。まだまだ成長する可能性をもっていますね。

高岡 そういう意味でいえば、WBCで岩隈がMVPをとっていれば、それが松坂にとってさらに強い刺激になって良かったんでしょうけどね。

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