ホーム > 第29回 高岡英夫の対談「トップアスリートを斬る」 WBC特集 侍ジャパン編

高岡英夫の対談
「トップアスリートを斬る」

【文中で紹介された本】

高岡英夫の対談「トップアスリートを斬る」WBC特集

  • 高岡英夫
  • 高岡英夫[語り手]
  • 運動科学者。「ゆる」開発者。現在、運動科学総合研究所所長、NPO法人日本ゆる協会理事長・推進委員。東京大学、同大学院教育学研究科卒。東大大学院時代に西洋科学と東洋哲学を統合した「運動科学」を創始し、オリンピック選手、芸術家などを指導しながら、年齢・性別を問わず幅広い人々の身体・脳機能を高める「ゆる体操」「ゆる呼吸法」「ゆるウォーク」「ゆるスキー」「歌ゆる」を開発。一流スポーツ選手から主婦・高齢者や運動嫌いの人まで、多くの人々に支持されている。大学・病院・企業などの研究機関と共同研究を進める一方、地方公共団体の健康増進計画での運動療法責任者も務める。ビデオ、DVD多数、著書は80冊を越える。
  • 松井浩
  • 松井浩[聞き手]
  • 早稲田大学第一文学部在学中から、フリーライターとして仕事を始め、1986年から3年間「週刊文春」記者。その後「Number」で連載を始めたのをきっかけに取材対象をスポーツ中心にする。テーマは「天才スポーツ選手とは、どんな人たちか」。著書は「高岡英夫は語る すべてはゆるむこと」(小学館文庫)「打撃の神様 榎本喜八伝」(講談社)等。高岡英夫との共著に「サッカー世界一になりたい人だけが読む本」「ワールドクラスになるためのサッカートレーニング」「サッカー日本代表が世界を制する日」(いずれもメディアファクトリー)、「インコースを打て」(講談社)等がある。

第29回 青木宣親(2)(2009.05.22 掲載)

――前回は、イチローの不振で重苦しい雰囲気の中、青木が突破口を開き、頼れる存在になったのは、太くて空洞状のセンターが発達しているからというお話をして頂きました。そんな青木は、岩隈のように、そのセンターに加えて3丹田(上丹田=知の源、中丹田=情の源、下丹田=胆力の源)が揃っているんではないかと、私なりに想像するんですが。

※中丹田、下丹田については『身体意識を鍛える』(青春出版社)第2章「達人たちの“身体づかい”7つの極意を知る」のアイテム2「下丹田…落ち着き、安定感が生まれる」(67ページ~)、アイテム3「中丹田…やる気や情熱の中心となる意識」(77ページ~)で詳しく解説しています。また、同書には中丹田と下丹田を作るトレーニング法も詳しく解説されています。

3丹田の中でも中丹田が発達して、WBCの間は内に秘めながらも気持ちは相当に燃えていた

高岡 センターと3丹田が揃っています。中でも、突出しているのが情の源となる中丹田ですね。WBC大会中も、相当に気持ちが燃えていたんでしょうね。

――青木自身は、それを表に出すタイプではなくて、人前では物静かな方ですけれども。

高岡 闘志を内に秘めるタイプですね。表に出さず内には秘めているけれども、気持ちは相当に燃えていたはずですよ。それと、もう一つの特徴は、ここ2、3年で上丹田が大変に発達してきていることです。そこから想像するに、青木は早い段階から、今回のイチローは頼りにならないことを見抜いたんだと思うんです。顕在意識で感じて言葉で説明できるほど感じていたか、潜在意識の段階だったかは私にはわからないけれど、青木ほどの選手だから、イチローが大会を通じて活躍できないだろうと直感的に見抜いていたと思うんですよ。そして、「イチローがダメかぁ。どうするか」と胸が押しつぶされるようなプレッシャーを感じたはずです。で、その後、人は2通りに分かれるんですね。本当にプレッシャーに押しつぶされてしまう人と、「何クソ」ともう一度胸をかきたてる人ですね。青木は、胸をかきたてたんですよ。そこで中丹田が開いて、熱性のエネルギーがどんどん入ってくる状態になった。そうでなければ、センターが抜け通っているだけでは、あそこまで活躍できなかったと思います。

――前回の話のなかで、「WBCレベルの国際大会で突出した活躍をしようと思えば、しっかりとしたセンターが通っていることが絶対条件ですね」と言いましたが、センターが通っているだけでもダメで、センターを大前提として3丹田が揃っていることこそが重要なんですね。

WBCのようなレベルの高い大会で大活躍するには、しっかりしたセンターに加えて3丹田が揃っていることが必要になる

高岡 その通りです。これは非常に大切なことですので、改めてお話しておきますが、今回のWBC特集をここまで読んでもらって、「センターだけ通ればいい」と思われているなら、それは大変な誤解です。一人の選手について多くのスペースを取れないので、特徴的な部分に絞ってお話をしているわけです。岩隈や松坂についてセンター系の話が多かったといって、センターだけ通っていればWBCで活躍できるわけではないです。

――打席に入って、「絶対にヒットを打つぞ」と思っても、実際は相手のピッチャーを分析して、どのボールを狙ってとか、どのコースに来たら必ずボール球になるように変化していくので手を出さないとか、きちんと整理できなければ、まず打てないですよね。打席に入るまでに情報を整理して、それを踏まえたうえで打席では臨機応変にさらに情報処理を重ねて対処しなければならない。それには、上丹田が発達していないとダメですよね。

高岡 そうですね。そして、どんな厳しい状況でも、正解を出して結果を残さなければ日本へ帰れない、だから死んでも引き下るかというような闘志は、中丹田から生まれるものなんですよ。上丹田だけでも、必ずやってやるという強い気持ちが起きませんからダメですし、やる気はあっても、上丹田がなければ永久に正解にたどりつけない。正しい分析をして自分に合わせた狙い球が絞れないですからね。

――やる気だけでは、空回りをしますね。

高岡 そういう意味で、青木は上丹田も中丹田も発達していました。最近は困難に対してもはるかに前向きに対処し、挑戦していく姿勢が見られると思いますよ。たとえば、WBCでも、もともと1番打者タイプの青木が3番を打ったでしょう。役割を変えることは、大きな大会になるほど大変に難しいことですよ。

――原監督は、当初、3番打者にイチローを起用したのですが、1番に戻しました。

高岡 あのイチローでも成しえなかったことですよ。イチローは、あくまで「1番ライト」にこだわりました。青木は「1番センター」が本来の役割なのに、「3番レフト」と打順ばかりか、守備位置が変わっても見事に対応できたわけです。役割が違うんだから難しいよねというのでは終わらないで、1番打者の時以上の活躍ができないかと、相当に模索していたんだと思いますね。

――たとえば、青木には、こんなエピソードもあります。普通、バッターは自分なりのフォームを固めようとしますが、青木は複数のフォームを使い分け、不振になってもフォームを変えることで調子を取り戻します。これを見ても、大変に頭のよい選手だということが、わかりますよね。

日本の野球界のトップ選手は素晴らしいセンターと3丹田が揃っているが、それに比べて政治家のトップは……

高岡 それは、本当に青木の上丹田が発達していることを示すエピソードですね。それともう一つ、青木の身体意識の特徴に触れておくと、WBCの時期、首から腰あたりまでふわっとした温かいマントのような身体意識が発達していたんです。青木自身は、それに包まれることで、不安や追い詰められた寂寥感、ものすごいプレッシャーで枯れ細ってしまうような気持ちになるのを防いでいたんですね。見ている人も、それを潜在意識で感じるものだから、青木だけは頼りになると感じたのです。

――それはいいことをお聞きしました。だれでも、人生の中ではすごいプレッシャーで枯れ細るような気持ちになる場面にことがあると思いますが、そういう時、温かいマントのようなもので首から腰までが包まれるような身体意識を持てれば、それを乗り越えることができるということですね。そういう身体意識を日頃から鍛えておくというのもいいかもしれませんね。

高岡 そうですね。興味をもった人は、ぜひ試してみてください。こうしてみると、WBCで活躍した3選手は、大なり小なりセンターと3丹田が揃っていたということなんですよ。ただ、松坂だけは上丹田がまだまだのレベルですが、少なくとも岩隈と青木は見事といえるものが揃っています。それを見てしまうと、どうしても比較してみたくなるのが、日本の政治家ですよね。政治家特集で麻生さんと小沢さんの身体意識を見ましたが、青木や岩隈と麻生、小沢では看過しがたい差があります。

 野球というスポーツのトップが素晴らしいセンターと3丹田をもっている一方で、国のあり方の中心となるべき政治家のトップが、センターと3丹田がまったく弱い。これは、大変な問題ですよ。では昔の政治家の身体意識がなぜ優れていたかというと、昔の戦国武将、たとえば武田信玄や織田信長、徳川家康は肉体をさらして戦う、いわば究極のアスリートであると同時に、政治家でもあったんですよね。その両方がセットになって、心身両方向から身体意識が鍛えられたのです。

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