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高岡英夫の対談
「トップアスリートを斬る」

【文中で紹介された本】

第18回 高岡英夫の対談「トップアスリートを斬る」

  • 高岡英夫
  • 高岡英夫[語り手]
  • 運動科学者。「ゆる」開発者。現在、運動科学総合研究所所長、NPO法人日本ゆる協会理事長・推進委員。東京大学、同大学院教育学研究科卒。東大大学院時代に西洋科学と東洋哲学を統合した「運動科学」を創始し、オリンピック選手、芸術家などを指導しながら、年齢・性別を問わず幅広い人々の身体・脳機能を高める「ゆる体操」「ゆる呼吸法」「ゆるウォーク」「ゆるスキー」「歌ゆる」を開発。一流スポーツ選手から主婦・高齢者や運動嫌いの人まで、多くの人々に支持されている。大学・病院・企業などの研究機関と共同研究を進める一方、地方公共団体の健康増進計画での運動療法責任者も務める。ビデオ、DVD多数、著書は80冊を越える。
  • 松井浩
  • 松井浩[聞き手]
  • 早稲田大学第一文学部在学中から、フリーライターとして仕事を始め、1986年から3年間「週刊文春」記者。その後「Number」で連載を始めたのをきっかけに取材対象をスポーツ中心にする。テーマは「天才スポーツ選手とは、どんな人たちか」。著書は「高岡英夫は語る すべてはゆるむこと」(小学館文庫)「打撃の神様 榎本喜八伝」(講談社)等。高岡英夫との共著に「サッカー世界一になりたい人だけが読む本」「ワールドクラスになるためのサッカートレーニング」「サッカー日本代表が世界を制する日」(いずれもメディアファクトリー)、「インコースを打て」(講談社)等がある。

第18回 宮里藍【前編】 (2008.11.28 掲載)

――プロゴルファーの宮里藍が、最近伸び悩んでいます。本業のゴルフより、テレビCMの方が目立つぐらいですが、高岡先生は、最近の藍ちゃんについてどうのようにご覧になっていますか。

高岡 確かに伸び悩んでいますね。その根本の原因は、ズバリ「老化」ですね。

――えっ、藍ちゃんは、まだ23歳(1985年6月19日生まれ)ですけれども。

高岡 女性のスポーツ選手は、17歳を過ぎたらもう老化が始まっていると考えるべきです。

――17歳といえば、高校2年ですよ。

高岡 藍ちゃんが注目されるようになったのは、何歳でしたか。

――そういえば、ちょうど東北高校2年の時です。当時、女子プロゴルフトーナメントに出場し、上位争いをして注目されました。翌年に初優勝した後、プロ宣言をして史上初の女子高生プロゴルファーとなりました。

高校時代の宮里藍が輝いていたのは、若さゆえのゆるみを素直に利用してプレーしていたから

高岡 その頃の藍ちゃんは、若さゆえの身体のゆるみを非常にうまく利用したパフォーマンスを見せていましたね。この“深くゆるんでいる”こと、そしてその“ゆるみを素直に利用できる”こと自体が、稀に見る彼女の素晴らしい才能なんですよ。だからといって別に、突出してセンターが発達しているとか、股関節の身体意識が発達しているとか、仙骨に身体意識ができているというのではなくて、最大の特徴は身体がゆるんでいたということでした。もちろんゆるんだ身体に適度にバランスよく様々な身体意識が配置形成されていたことは、いうまでもありません。

※センター(中央軸)とは、身体の中央を天地に貫く身体意識。『究極の身体』(講談社)の第2章「重心感知と脱力のメカニズム」(49ページ~)や『センター・体軸・正中線』(ベースボール・マガジン社)の序章(17ページ~)、第1章「センター」(45ページ~)で詳しく解説しています。

※身体意識」とは、高岡が発見した身体に形成される潜在意識のことであり、視聴覚的意識に対する「体性感覚的意識」の学術的省略表現である。『究極の身体』(講談社)の第2章「重心感知と脱力のメカニズム/センター」(72ページ~)や『センター・体軸・正中線』(ベースボール・マガジン社)のはじめに(1ページ~)、序章(17ページ~)で詳しく解説しています。

――高校生の頃は、たいてい男の子より女の子の方がゆるんでますね。

高岡 傾向としては、そうですね。藍ちゃんは、その女の子の中でも特にゆるんでいて、と同時に、そのゆるみを素直に利用していく能力が高かったんです。

――「素直に」といえば、性格的にも非常に素直な育ち方をしたという印象ですね。おじさんにも人気が高いです。

高岡 それは、とても直感的な感想ですね。たとえば、彼女の話を聞いたり、行動を見ていても、とても素直な子だという印象がありますよね。それは、心がゆるんでいることから、受ける印象です。彼女は、心と共に身体もとてもゆるんでいて、その身体のゆるみを素直にパフォーマンスにつなげることができたんですね。

――確かにフォームを見ても、身体の柔らかさがひと目でわかりました。また、ゴルフの専門家の間でも、基本に忠実なスイングで、プロでも参考になると言われていました。高校卒業後も藍ちゃんは活躍しますが、ピークは卒業直後の'04年と'05年でした。'06年以降はなかなか勝てないばかりか、かつての輝きも失いつつあります。

藍ちゃんのパフォーマンスを支えていた身体のゆるみが失われるとともに、成績も下降してしまった

高岡 その原因が「老化」ですよ。藍ちゃんのパフォーマンスを支えていた身体のゆるみが、加齢とともに固まってきたんですね。そうすると、身体が思うように動かなくなります。「動かない」と言ったって、彼女レベルなら本当にわずかなことですよ。しかし、ゴルフでは、感覚と身体の動きのわずかなズレが、パフォーマンスの低下に直結しますからね。

――フォームで見ると、専門的にはテイクバックでの切り返しにゆったり感がなくなったとか、フォロースイングで身体の後傾が深くなったとか、いろんな見方があるようです。

高岡 好調時のフォームと比べれば、どこがどのように悪くなったか、さまざまな観点から指摘できますよね。しかし、その根本的な問題は、身体が固まってしまったことです。その結果、自分の感覚とスイングやパットの間に微妙なズレが起きているのです。つまり、身体の老化に合わせて、思うようにプレーができなくなったということです。

――これほど若い選手が、まさか「老化が原因で伸び悩んでいる」とは、本人も周りの人も考えないでしょうね。引退間近な選手なら別ですけど。

高岡 普通は、若い選手のパフォーマンスが下がると、新たに何かを身につけなきゃという発想をするでしょう。フォームを変えたり、筋トレをするのは、その代表ですね。たとえば、フォームを分析してどこどこの筋肉が弱いから、そこを鍛えようという発想をしがちですよね。さらに、技術を磨こうとしたり、戦術を身につけようとしたりしますね。最近は、メンタルトレーニングに取り組む選手やチームも増えています。つまり、何かをつけ加えようとするんですね。「足し算」をしようとします。しかし、固まった身体をゆるめるというのは「引き算」ですからね。硬くなった身体から、そのこわばりを取り除かなきゃいけないんです。こわばりをそのままにして、フォームを変えたり、筋トレをして、よけいに苦しいことになる選手が多いんですよ。

――同じ筋トレをするにしても、そこに「身体をゆるめる」という前提がないと、かえってパフォーマンスを低下させることになりますね。そんな例は、スポーツ界にはごまんとあります。

高岡 人間というのは、放っておいても20歳前後で老化していきますよね。ましてや、藍ちゃんのように、小さい頃からスポーツに専門的に取り組んできた選手は、もっと早くから老化しやすいです。だから、普段から専門的なゆるむためのトレーニングを取り入れていかなければ、ますます老化が進む一方ですよ。

――ということは、藍ちゃんは、できるだけ早くゆるトレーニングに取り組まないと、かつての輝きは取り戻せないということですね。

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