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高岡英夫の対談
「トップアスリートを斬る」

【文中で紹介された本】

第21回 高岡英夫の対談「トップアスリートを斬る」

  • 高岡英夫
  • 高岡英夫[語り手]
  • 運動科学者。「ゆる」開発者。現在、運動科学総合研究所所長、NPO法人日本ゆる協会理事長・推進委員。東京大学、同大学院教育学研究科卒。東大大学院時代に西洋科学と東洋哲学を統合した「運動科学」を創始し、オリンピック選手、芸術家などを指導しながら、年齢・性別を問わず幅広い人々の身体・脳機能を高める「ゆる体操」「ゆる呼吸法」「ゆるウォーク」「ゆるスキー」「歌ゆる」を開発。一流スポーツ選手から主婦・高齢者や運動嫌いの人まで、多くの人々に支持されている。大学・病院・企業などの研究機関と共同研究を進める一方、地方公共団体の健康増進計画での運動療法責任者も務める。ビデオ、DVD多数、著書は80冊を越える。
  • 松井浩
  • 松井浩[聞き手]
  • 早稲田大学第一文学部在学中から、フリーライターとして仕事を始め、1986年から3年間「週刊文春」記者。その後「Number」で連載を始めたのをきっかけに取材対象をスポーツ中心にする。テーマは「天才スポーツ選手とは、どんな人たちか」。著書は「高岡英夫は語る すべてはゆるむこと」(小学館文庫)「打撃の神様 榎本喜八伝」(講談社)等。高岡英夫との共著に「サッカー世界一になりたい人だけが読む本」「ワールドクラスになるためのサッカートレーニング」「サッカー日本代表が世界を制する日」(いずれもメディアファクトリー)、「インコースを打て」(講談社)等がある。

第21回 浅田真央(2)(2009.02.27 掲載)

――前回のお話では、浅田真央の「センター」はイチローレベルで大変に素晴らしいということでしたが、その「センター」の次に発達しているのはどんな身体意識ですか?

※「身体意識」とは、高岡が発見した身体に形成される潜在意識のことであり、視聴覚的意識に対する「体性感覚的意識」の学術的省略表現である。『究極の身体』(講談社)の第2章「重心感知と脱力のメカニズム/センター」(72ページ~)や『センター・体軸・正中線』(ベースボール・マガジン社)のはじめに(1ページ~)、序章(17ページ~)で詳しく解説しています。

高岡 そうですねぇ。悩むところなんですが、股関節の中心にできあがる身体意識である「転子」か、観客の熱烈な声援を自分の身体の中に受け取り、何らかの反応を返していく身体意識の「リバース」でしょうね。

――では、今回は「転子」の方から伺いたいと思いますが、「転子」といっても、読者には初耳という方もいらっしゃるでしょうね。

浅田真央に発達している「転子」とは、股関節の中心に潜在意識の集中的形成がなされている状態のこと

高岡 先ほども言いましたように、「転子」というのは股関節の中心にできる身体意識のことです。誰にでも、物体としての股関節はありますよね。大事なことは、その股関節を機能としてどこまで使えるかということになります。では、股関節を機能として駆使させるためには何が必要かといえば、股関節の中心に身体意識を集中させることなのです。しかも、その身体意識の集中が常に常に行われていなければならないのです。たとえば、練習中、股関節を顕在的に意識し続けていれば、そこそこの演技や動きができる人でも、今度は上体を意識してみると、とたんに脚の動きの精度が落ちるというのでは、股関節の中心に身体意識が集中的に形成されているとはいえないわけです。股関節を意識しようと一生懸命思わなくても、あるいは他のことを考えていても、股関節に潜在的な意識の集中が恒常的に行われている状態ですね。この状態が、身体意識の装置が股関節の中心にできているということなんです。

 その身体意識の装置は、物体としての股関節そのものではないですから、股関節とは別の概念が必要になります。しかし、世の東西を見渡しても、そんな概念がなかったので、私が「転子」という言葉を作りました。

※股関節の機能については、『究極の身体』(講談社)の第4章「多重中心構造論」の多重中心の正体とは(109ページ~)で詳しく解説しています。

――この「転子」という身体意識も、その存在を知っているだけで演技の見方が広がりますよね。たとえば、フィギュアでは滑りながら脚を高く上げて、Y字バランスのような格好で滑る演技がありますが、浅田真央は、脚を高く上げる時、その脚が股関節からスッと上がっていくのがわかります。安藤美姫だと、脚を上げながら、太ももの横や腰の側面に無駄な力が入ることがありますね。

高岡 それも大変にいい観察ですね。安藤美姫だと、股関節の外側の中臀筋とか、大腿直筋に身体意識の装置があるのがわかりますよね。

 たとえば、1mぐらいの細長い棒があって、その棒の端を手でもってもう一方の端を持ちあげて立てる時、棒の端を両手で力を入れて握ってグッと持ち上げると、見ている人はどう感じますか。そんな持ち上げ方をしてもらっても美しくないし、感動できないですよね。だけど、棒の先端を親指と人差し指だけでつまんでパッと持ち上げたら、見ている人は「えっ」と思うでしょうね。さらに、棒を握りもしないで人差し指一本で、棒の端にフッと触れるだけで重心に向かって絶妙な力をかけて棒を立ちあげたら、「おーっ」って感動しますよね。そこに美を感じるでしょう。脚を上げる時、転子の意識が発達しているというのは、喩えて言えばそういうことなんですよ。つまり、股関節の中心を見事にコントロールし切って、脚全体を上げようとする運動自体から、美しさが生まれるんですね。

――わかります。浅田真央の演技を見ていると、股関節周りが相当にゆるんで、股関節から脚をコントールしています。なぜ、それが出来るかといえば、「転子」という身体意識が発達しているからですよね。また、そういう演技を指導しようと思えば、選手に「転子」を身につけさせればいいということですね。

浅田真央の転子は、子供の頃からゆるんで、股関節の中心に潜在的な意識を集中させようと練習を重ねてきた賜物

高岡 その通りですね。浅田真央の場合も、小さい頃(5歳でクラブに入会)からスケートに取り組んでいるわけでしょ。具体的にどんな練習をしてきたのかは知りませんけど、今の「転子」の発達ぶりを見れば、練習のたびに股関節の中心をより使おうという努力を重ねてきたのは確かでしょうね。コーチに「じゃあ、もうちょっとこういう脚の上げ方をしてみよう」などと指導されながら、本人も自分の身体に対して働きかけるわけでしょう。時にはちょっと失敗があって、股関節の中心から中臀筋などに意識がずれて脚を上げちゃった時には、コーチも「いまのは何か変だったね」と指摘したり、本人も「いまのはちょっと違う」と思って修正したり、そういうことの繰り返しの中で、より股関節周囲がゆるんで、股関節の中心に意識を集中させようとしながら練習を重ねてきた賜物なんですよ。

――「転子」は、細かなステップやジャンプなど全ての演技に関係しますね。

高岡 もちろんです。フュギアスケートは、ステップだけではなく、ジャンプにしても、大変なエッジワークが必要です。エッジによって、ジャンプの種類が分かれるぐらいですからね(たとえば、サルコウは踏み切る瞬間に片足のバッグインエッジに乗り、浮かせている足の遠心力を利用して後ろ向きに踏み切る。着氷は踏み切りとは逆の足になる)。たとえば、ジャンプで踏み切る時に最も大切なものの一つに、エッジの角度があります。角度がドンピシャ決まれば、ジャンプも楽に高く飛べるし、着氷も見事に衝撃を吸収して次の動きにつながっていきます。でも、ちょっとでも角度がズレれば、それがトラブルの原因になっていくんですね。しかも、女子選手にとって3回転ジャンプといえば、最大出力に近いぐらいの筋出力をかけるわけじゃないですか。そんな強いエネルギー出力と、エッジの角度を絶妙に合わせていかなければならないという非常にデリケートなコントロールが同居している。だから、ジャンプは注目度が高いし、採点でも比重が高いんですね。そのエッジワークというのは2本の脚で行うわけで、その脚の中心は股関節のさらに中心なんです。当然ながら、股関節の中心が、本人の潜在意識の中でより正確に捉えられているかどうかが、エッジワークの精度に直結することになりますね。

――潜在意識で股関節の中心が正確に捉えられているって、どんな感じなんですかねぇ。

浅田真央の股関節は、普通の人が指先でリズムを刻むのと同じぐらいクリアに意識されている

高岡 たとえば、利き手の人差し指と中指の先端で、テーブルをトントンと交互に叩いてみてください。リズムを取ってもいいですよ。そうすると、人差し指と中指の先端が、空間のどこにあって、どういう方向に動こうとしているかわかりますよね。リズムを刻もうとすれば、簡単に刻めるじゃないですか。浅田真央は、二つの股関節がそんな感じなんです。

――えっ、すごい!

高岡 浅田真央クラスになると、普通の人が指先でトントンとリズムを刻むように、股関節でリズムを刻むことが簡単にできるんですよ。

――だから、あれほど難しいステップもできるんですね。普通の人は、股関節そのものが、顕在的にもわからないですよね。

高岡 普通の人は、知識としてあるだけで、身体の実感として股関節をわかっているわけではないですね。腰の側面にあって手で触ることもできる出っ張り(大腿骨大転子)を股関節と思っている人もいるでしょうね。そういう人は、まずはVゾーン体操と踵クルクル体操をよくしてもらって意識を高めて頂きたいですね。

※Vゾーン体操、踵クルクル体操とは、股関節の意識を高めるために高岡の開発したメソッド。

――確かにVゾーン体操や踵クルクル体操は、股関節の意識が高まります。

高岡 私の転子も、浅田真央ぐらいは発達していますから。

――えっ、浅田真央の転子は、先生の域まで発達しているんですか。

高岡 いや、松井君、そういう問い方をしないで。「浅田真央という10代の天才スケーターの身体意識の中でも、2番目に発達している転子を60代のじいさんが可能なんですか」と聞いてくださいよ(笑い)。

――はい、いやまったくその通りでした(笑い)。可能なんでしょうか。

高岡 可能なんですよ。一般に、歳をとるということは、こういう言い方もできます。子供の頃に形成されていた見事な転子がどんどんなくなっていって、回りの余計な筋肉などに意識が広がっていく。そして、それが体をカチカチに固めていく身体意識になって、ヨボヨボとしか動けない年寄りになっていく、と。つまり、老化というのは、身体をより高機能化させるために必要な身体意識の装置が壊れていくプロセスなんです。松井君もわかっているように、事実をいえば、浅田真央の転子より私の転子の方がはるかに発達しているんですけど、そういうことが可能だということは、私の自慢話ではなくて、ひとつの実証例として、人間というものへの希望として多くの人に知って頂ければと思います。

 念のために言っておきますけど、私は、スケート靴を履いて、あんなジャンプやステップワークはできませんよ(笑い)。

――スキーで現役選手を置いてけぼりにしても、先生はスケートのトレーニングはされていないですものね。うち(京都府綾部市)の近所には、80歳を過ぎても電気工事の仕事をするおじいさんがいたり、自転車に乗って出かけるおばあさんがいるんですけど、Vゾーン体操とゆる体操を続けていけば、そういうお年寄りよりもさらに元気な老人になれるということですね。

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