ホーム > 第31回 高岡英夫の対談「トップアスリートを斬る」 WBC特集 侍ジャパン編

高岡英夫の対談
「トップアスリートを斬る」

【文中で紹介された本】

高岡英夫の対談「トップアスリートを斬る」WBC特集

  • 高岡英夫
  • 高岡英夫[語り手]
  • 運動科学者。「ゆる」開発者。現在、運動科学総合研究所所長、NPO法人日本ゆる協会理事長・推進委員。東京大学、同大学院教育学研究科卒。東大大学院時代に西洋科学と東洋哲学を統合した「運動科学」を創始し、オリンピック選手、芸術家などを指導しながら、年齢・性別を問わず幅広い人々の身体・脳機能を高める「ゆる体操」「ゆる呼吸法」「ゆるウォーク」「ゆるスキー」「歌ゆる」を開発。一流スポーツ選手から主婦・高齢者や運動嫌いの人まで、多くの人々に支持されている。大学・病院・企業などの研究機関と共同研究を進める一方、地方公共団体の健康増進計画での運動療法責任者も務める。ビデオ、DVD多数、著書は80冊を越える。
  • 松井浩
  • 松井浩[聞き手]
  • 早稲田大学第一文学部在学中から、フリーライターとして仕事を始め、1986年から3年間「週刊文春」記者。その後「Number」で連載を始めたのをきっかけに取材対象をスポーツ中心にする。テーマは「天才スポーツ選手とは、どんな人たちか」。著書は「高岡英夫は語る すべてはゆるむこと」(小学館文庫)「打撃の神様 榎本喜八伝」(講談社)等。高岡英夫との共著に「サッカー世界一になりたい人だけが読む本」「ワールドクラスになるためのサッカートレーニング」「サッカー日本代表が世界を制する日」(いずれもメディアファクトリー)、「インコースを打て」(講談社)等がある。

第31回 イチロー(2)(2009.06.05 掲載)

――前回は、年齢が高くなってもバリバリの現役でい続けるには、若い頃の身体のゆるみを失わないことが大前提で、そのためにはゆるトレーニングを導入することが欠かせないという話を伺いました。そのお話を踏まえて、今回からイチローについて具体的に見ていきたいと思います。では、まずイチローが最高の状態だった'04年、262本というメジャーリーグのシーズン最多安打記録を樹立した時の身体意識とゆるみ度から伺っていきます。

※「身体意識」とは、高岡が発見した身体に形成される潜在意識のことであり、視聴覚的意識に対する「体性感覚的意識」の学術的省略表現である。『センター・体軸・正中線』(ベースボール・マガジン社)のはじめに(1ページ~)、序章(17ページ~)や『身体意識を鍛える』(青春出版社)の第2章「達人たちの〝身体づかい〟7つの極意を知る」(45ページ~)で詳しく解説しています。

高岡 '04年のイチローは全身がゆるゆるにゆるんでいて、身体意識でいえば、なんと言っても「センター」ですね。「センター」の中でも最も重要な第3軸が、見事に通っていました。第3軸が見事に通っているということは、地球の中心と自分の中心を結ぶ重心線というものを自分の潜在意識の中でいかにつかめているかということです。人間は、地球という巨大な重力体の上に乗っかっています。そして、人間にかかる力の中で最大のものは重力ですから、打ったり、投げたり、走ったりという運動は、全て重力の抵抗を受けながら行っています。そのため、地球上で運動をするには、潜在意識の中でいかに重心線をつかめているかどうかが根幹中の根幹の問題になってくるわけです。

※センター(中央軸)とは、身体の中央を天地に貫く身体意識。『究極の身体』(講談社)の第2章「重心感知と脱力のメカニズム」(49ページ~)や『センター・体軸・正中線』(ベースボール・マガジン社)の序章(17ページ~、第1章「センター」(45ページ~)で詳しく解説しています。

――その面から言えば、第3軸が通ることで全身のゆるみが進み、筋力で重力に抵抗するにもより効率よく行うことができる。つまり、より自由自在に動きやすいということですね。したがって、野球に限らず、スポーツ選手が高いレベルで活躍しようと思えば、まず第3軸が通ることが必須条件となってくるということです。

シーズン最多安打記録を更新した'04年のイチローは、第3軸がマイケル・ジョーダンやインゲマル・ステンマルクのレベルにまで到達していた

高岡 '04年当時、イチローの第3軸のレベルがどれくらいだったかといえば、バスケットのマイケル・ジョーダンや、'70~'80年代に活躍した天才スキーヤーのインゲマル・ステンマルク(スキーW杯通算86勝は歴代1位。100分の1秒単位で争われる回転や大回転で2位に5秒前後の大差をつけて何度も優勝していた)のレベルです。

――この2人は、スポーツ界では20世紀の2大スターといってもよい存在ですね。イチローも、当時は全米だけでなく、中南米やアジアなどの野球ファンからも大いに注目されました。

高岡 しかし、正確にいえば、ステンマルクやジョーダンの最高レベルより、イチローは少し落ちます。なおかつ、最高状態だった期間が、彼らより短いですね。ステンマルクやジョーダンの方が、センターがみごとに通った状態が長く続きましたね。

――マイケル・ジョーダンは、世界的にバスケットボールを愛する人たちから「神」と呼ばれましたし、ステンマルクも「史上最強のスラローマー」であることが世界的に認められていました。イチローも、野球の歴史上偉大なバッターの一人であることは認められましたが、「神」と呼ばれることはなかったですし、タイ・カップやジョー・ディマジオなどを差し置いて史上最強のヒッターとまでは言われませんでした。

高岡 イチローは、確かに、その時代を画するスター選手ではありました。でも、ジョーダンは、その時代を超えた存在になっていたでしょう。イチローも、'04年に最多安打記録を更新して、さらに5年くらいの間にもう2度ほど最多安打記録を更新して、その上シーズン打率も4割を2度ほどクリアしていれば、「神」と呼ばれる存在になったのでしょうね。

――とはいっても、その'04年のイチローは、全身がゆるゆるにゆるみ、第3軸の通り方を見ても、ステンマルクやジョーダンに匹敵するレベルには達していたということですね。

'04年のイチローは側軸も見事に通っていて、奇跡に近いくらい自由自在に使いこなせた

高岡 そうです。そして、その第3軸に加えて、当時は「側軸」も見事に形成されていました。中央軸のすぐ隣を通っている第1側軸も見事だし、股関節の中心を通っている第2側軸も見事でしたね。

※「側軸」とは、「中央軸」の左右に発達した天地に貫く身体意識。イチローの「側軸」については『インコースを打て 究極の打撃理論』(講談社)「第4章 運動科学による分析」(276ページ~)で詳しく解説しています。

――この「側軸」とバッティングの関係を詳しく知りたい方は、『インコースを打て 究極の打撃理論』を読んで頂きたいのですが、日本のプロ野球で活躍している選手でも、側軸がこれほど発達している選手はいませんね。

高岡 日本で活躍する選手も、根幹中の根幹である中央の第3軸は発達しているんです。そして、バッティングの時に軸移動(いわゆる重心移動)をするんですが、その軸移動は、ほとんどが第3軸を動かすことで行われるんですね。ところが、イチローは、第3軸を中心に、その両脇に通っている第1側軸や第2側軸へ自在にシフトさせることができるのです。捕手寄りの第2側軸で始動したり、ボールを捉える際に使う軸も捕手寄りの第2側軸に持ってくる。そうすると、差し込まれるような速いボールでも、余裕をもって受け止めることができます。

――イチローは、自分のヒッティングゾーンを奥行をもったボックスとして捉えてますからね。

身体意識としての軸が、バットスイングだけではなく、打席でボールを認識するという局面でも使われていた

高岡 イチロー自身が、自分のヒッティングゾーンは、前後方向にもあって立体的だという話をしていましたね。その背景にある身体意識が、この側軸という装置なんですね。ボールを捉えて打つという局面の中で、頼る軸が、中央軸や第1側軸、第2側軸へと移り変わっていくわけです。というように、口でいえば簡単なんですけど、普通は身体の中に抵抗勢力がたくさんあってとても難しいんです。身体の中で、それ以外の側軸がツルンツルンにお互いの関係性の中で動いてくれないとできない。そのためには、転子(股関節周り)が究極的にゆるんでツルンツルンに動き、自由運動してくれないといけないんですね。

 さらに、'04年は、脇を通っている第3側軸も見事に通っていました。スポーツ選手に限らず、この第3側軸がこれほど見事に通っているは少ないですが、これが通っていることでヒッティングゾーンの奥行をさらに広げることができていました。

――野球界でも、「軸」の大切さというのは昔から言い伝えられています。しかし、現実には、その軸を中心に独楽のようにクルンと回るというような単純な話ではなくて、バットを構えた段階からスイング全体、さらにヒッティングゾーンの認知にまで極めて重要な役割を果たしているわけですね。そして、'04年のイチローは、その軸が身体の中に何本も形成され、自由自在に使いこなされていた、と。これは、当時、イチローの打撃フォームをしっかり見ることのできる人たちは、ある程度見抜いていましたね。たとえば、イチローは、身体のどちらの側面でも軸にして打つことができるというような表現で語られていました。

高岡 そうですね。たとえば、インコースは、より深く入られるので捕手寄りの第2側軸、第3側軸で捉えるし、一方、アウトコースの逃げていくようなボールについては、軸を移していって投手寄りの側軸で打つんです。また、投手寄りの肩から体の側面が非常によく残っていたじゃないですか。これも、投手寄りの側軸が発達していたからですね。つまり、自分の身体の幅全体を極めて有効に使ってバッティングをしていたわけで、それが驚異的な安打数につながったんですよ。

――技術的なことでいえば、たとえば、ヤンキースの松井秀喜が苦しんだ外側で逃げていくツーシームのようなボールをイチローは、投手寄りの第二側軸、第三側軸を使うことでさばいていました。

高岡 アウトコースに逃げていくボールに対して右腕を非常によく使えていましたね。強烈な打球を三遊間に打つことができたし、内野安打にもできました。それは、第2、第3側軸の存在があったからです。ある意味で、それも奇跡に近いことなんですよ。マイケル・ジョーダンのプレーが、「奇跡」とか「神」と言われたのに近い状態でした。

――いやあ、'04年のイチローの話を伺っていると、本当に楽しいですね。シアトルのセーフコフィールドが目の前に浮かんで、スタンディングオベーションを受けるイチローの姿が自然に蘇ってきます。なかなかイチローの衰えという話になっていきませんが、あまりに楽しいので、次回も、もう少し絶頂の頃のイチローにお付き合い頂きたいと思います。

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